第24話 解き放たれる解放感?

 トイレに行きたい。

 だったら行けばいいじゃないかという話のはず。

 

 ここは俺の自宅。

 だから我慢する理由なんてどこにもない。

 見ているドラマのいいシーンに直面しているわけでもなく、ゲームをしていて止めれない状況に陥っているわけでもない。


 俺の部屋にいるだけ。

 神岡と。


 だけど、しっかり固く結ばれた俺と神岡の手は離れる気配を見せない。


「会長、まずは英語からやりましょうか」「な、なあ神岡さん……ちょっとトイレに行きたいんだけど」

「いいですよ。それでは一緒に行きましょうか」

「あ、いやそうじゃなくて」

「離しませんよ、この手?」

「……我慢します」

「そうですか、では始めましょう」

「……」


 ずっとこんな感じ。 

 もう割り切ってトイレも一緒に行けばいいじゃないかと思ったりする時もあるんだけど、やはりここで妥協はしたくない。


 一線を越えればもう、戻って来れなくなる。

 そんな予感は、多分心配しすぎではないだろう。


 だって、


「ふふっ、会長がもしお漏らししたら私が拭いてあけますので大丈夫ですよ。これぞ内助の功ってやつですね」

「……」

 

 俺が漏らすことを期待しているようにさえ見える。

 これは絶対わざとだ。

 で、振り切ってトイレに走ったら多分、力づくで止めに来る。


 本当の意味で俺の右腕みたいになっちゃった神岡を回避してトイレに行く方法は果たして見つかるのだろうか。


 いや、見つからなければ俺の部屋が大変なことになる。


「会長、まずは中学の基礎英語から復讐ですよ。会長? 聞いてます?」

「あ、ああ。いや、任せるよ」

「では早速」


 もう神岡の話に耳を傾けることも辛い。 

 ていうか集中を解いたら漏れそう。

 我慢できる範囲ってやつはとっくに超えてしまったようだ。


 ……なりふり構わず、いくか。


「神岡さん」

「はい、なんですか会長?」

「……お、俺をトイレに行かせてください!」


 土下座。

 プライドでは飯も食えないし尿意もおさまらないわけで。

 俺は床に頭をこすりつけながら土下座。


「会長、どうしたんですか?」

「い、いやだから……もう漏れそうなんだよ、頼むからトイレに行かせてくれ」

「え、おかしなこと言いますね会長も。行けばいいじゃないですか」

「だ、だから手を繋いだままだったら」

「どうしていけないんですか? あ、トイレに籠って浮気相手に連絡するつもりでしょ? 私知ってます、男の人がこそこそするのっていつもトイレの中だって」

「ち、ちが……」

「じゃあ、別に私が見ても何も問題ないと言ってるんですから、行きましょう?」

「……参った」


 もう、膀胱が破裂しそうだ。

 このまま立ち上がっただけで先走りそうで、俺は体を震わせながら、必死にこみ上げてくるものを抑えつけてトイレへ。


 もちろん、神岡と一緒に。


「……なあ、神岡さん」

「なんですか?」


 狭いトイレの中に二人。

 で、俺はズボンを下ろそうとした時に提案。


「さすがに目、つぶっててくれない?」

「なんでですか?」

「お、お願いだよ……それくらいは」

「んー、わかりました。じゃあ、目は閉じておくので早くしてくださいね」

「は、はい」


 そっと神岡が目を閉じたのを確認してから俺はゆっくりズボンを下ろす。


 そして便座に座り、音を立てないようにゆっくりと小便を。


 ようやく、悶え苦しむ圧迫感から解放されていく。

 それと同時に、一体何をしてるんだって気分になる。


 すぐそばに同級生を置いて、手を繋いだまま用を足す。

 まったくもって意味不明、理解不能。


 終わってすぐ、俺は片手でせっせとズボンを履く。


「……終わったよ」

「もう、目を開けてもいいですか?」

「あ、ああ」


 ゆっくり目を開けた神岡は、俺の顔を見ながら「あーあ、見たかったなあ」と。


 呟いてから繋いだ手に少し力を入れる。


「いてっ……な、なんだよ」

「ふふっ、会長もこれで私以外の人のお婿さんにはなれませんね」

「な、なんでだよ」

「だって、女の子を連れてトイレにいくような変態さんですから」

「お、お前が勝手についてきたんだろ」

「でも、連れて行ったのは事実です。それとも、もしかして私にこんなことをさせておいて他の子に走るつもりですか?」

「そ、それは」

「あり得ませんよね? ふふっ、あとでパパに報告しちゃおっと」

「お、おい報告はまずいだろ」

「なんでです? もしかして、他人に聞かれたらまずいことを私にさせたんですか?」

「ぐっ……」


 完全にマウントを取られてしまった。

 俺は女子をトイレに連れ込んで用を足す変態になってしまった。


 最初っからこれが狙いだったんだなこいつは。

 もう頭がおかしくなりそうだ。


「会長、それじゃ手を洗ってから勉強しましょうか。あ、それと一つ聞いていいですか?」

「な、なんだよ」

「私の前でパンツを脱ぐ時、ドキドキしました?」

「……してない」

「ふーん。ま、いいですけど」


 そう言ってさっさと洗面所に俺を引っ張っていく神岡を見ながら。


 少しどころか、理性が飛ぶくらいにドキドキしていた自分を思い返して、下を向く。


 俺、露出癖でもあるんだろうか……。

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