第20話 繋がる、いや、繋がれる

「あはは、会長またストライクですよー。ボウリングって簡単ですねー」

「そんなバカな……」


 俺の腕は錆び付いてなどいなかった。

 なんなら、あの頃よりスコアはいい。


 なのに、目の前の女子は俺の遥か上をいく。


 今、九連続ストライクなんだけど……。


「会長、あと三回でパーフェクトですね。ふふっ、なんか単純だから楽しいです」

「お前、ボウリング得意なのを隠してたな?」

「えー、別に聞かれてませんもん。それに、会長だって得意だと仰ってたじゃないですか」

「それはそうだが……」


 力感のない、なんならボールの重みに少し振られるようなひ弱な投げ方なのに。

 彼女の手から離れたボールはまるでやらせのように一番ピンと三番ピンの間に吸い込まれていき。


「わー、またストライクだー!」


 すべてをなぎ倒す。

 柔よく剛を制す的な? いや、別にピンたちが剛でもねえな。

 あんまりにもやばすぎてうまい例えも出てこない。


 ちょっとギャラリーが集まり始めてる。

 そりゃ、こんな田舎のボウリング場で小さな女子がパーフェクトとか、気になって仕方ねえわな。


「会長。もう投げなくても私の勝ちですけど最後までやります?」

「……一応、パーフェクト狙えよ」

「じゃあパーフェクトとったらお願い事、二つに追加していいですか?」

「……そ、それは」

「えー、なんかご褒美ほしいです」

「め、飯くらいならおごってやるから」

「私に決めさせてくださいよー」

「……」


 無論そんな暴挙を許すはずもないが。

 しかし、得意だと思っていたもので女子に負けたショックがでかすぎて、もう神岡の要求を素直に受けるべきなんじゃないかって気持ちにさせられる。

  

 断る方がみじめというか。

 負け犬がワンワンと文句たれるのは恥の上塗りだ。


「じゃあ、会長投げますねー」

「……」


 もう、こうなったら神岡がパーフェクトをとれずに終わることを祈るしかない。

 偉業に向けて集中する神岡を前にして、頼むから転べとか指捻れとか何ならレーンに穴開けとか。

 ミジンコレベルにちっさいこと考えてる男がここにいる。


 俺である。


「あ、いったかな? ……やーっ! なんで一本残っちゃうのー?」

「……ょし」


 一本、左端のピンが揺れながらも踏ん張った。

 あれは俺だ。俺の執念がピンに乗り移ったに違いない。


 よくやった。

 お前が人間ならごちそうしてやりたいくらいだよ。


「カイチョー、倒れなかったですー」

「あ、ああ残念だったな。気を取り直して最後の一投、終わらせろ」

「はい、わかりました」


 すでに大負けなのになぜか勝った気分の俺は少し偉そうに神岡に言う。

 で、ギャラリーは残念そうに散っていく。

 まあ、こんな場所でニュースになりそうな偉業を達成されて話題になって、一緒にいたのが俺と知られるのも気まずいし。


 これでいいのだ。

 うむ、これでいい。


「はい、スペアです。あーあ、惜しかったなあ」


 しっかり最後の一ピンを倒す神岡は、それでもさばさばしていた。

 俺なら緊張で手が震えるし、逃したら三日は引きずりそうなものだけど。

 あんまり結果には頓着しない性格なのだろうか。

 メンヘラってよくわからん生き物だ。

 さて、慰めの言葉でもかけてやろう。


「惜しかったな。まあ、出来すぎなくらいだよ」

「会長、でも私が勝ったことに変わりはありませんよ?」

「あ、そうだった……」

「ふふっ、会長に一日なんでも聞いてもらえるなんて夢のようです。何してもらおうかなあ」


 ぬか喜びから一転、ここからが本当の地獄の始まりだ。

 一日神岡の言うことをなんでもきく。

 すなわち、今から俺は神岡の奴隷と化す。

 一体どんな無茶な要求をされるんだ……。


「会長」

「は、はい……」

「会長、手を繋いでもらってもいいですか?」

「……手?」

「はい。デートの時、会長にずっと握っててほしいんです。ダメ?」

「い、いや……」


 照れくさそうな神岡が可愛いのは言うまでもないが、戸惑っているのはそういう話ではない。

 手を繋ぐなんて、至極まっとうな要求に俺はひどく驚いているわけだ。


 神岡レベルのメンヘラなら、『ショッピングモールの中心で私に対する愛を叫べ』とか、『頭の中の消しゴムを全力で駆使して出会った女のことをすべて忘れろ』とか、それこそ『会長の膵臓が食べたい』なんて言い出さないか心配だったというのに。

 

 手、だと?

 いや、まあ恥ずかしいけどどうせ一緒にいる時点で誰かに見られたら勘違いされるわけだし。

 手くらいならいいか。


「ん」

「もう、会長から繋いでください」

「あ、ああ。ほら、これでいいか?」

「えへへっ、会長の手、とっても大きい。食べちゃいたいくらい、たくましい」

「……」


 手を握っただけで神岡の凛とした表情が崩れる。

 緩む、というか蕩ける。

 頬が桃色になり、目じりは下がり、口元はよだれが垂れてきそうなレベルにゆるゆるになってる。


「会長、それじゃこのままお買い物、いいですか?」

「あ、ああ」

「あと、少しくっついてもいいですよね?」

「ま、まあ」

「あとあと、お昼食べる時もずっと手繋いだままですけどいいですよね?」

「そ、それは……食べにくいかも」

「私があーんしますので大丈夫です。隣同士で座れるお店にしましょうね」

「あ、ああ」


 というわけで、一日奴隷の俺は神岡の手という名の鎖に繋がれて。

 

 ウィンドウショッピングが始まった。


 

 


 

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