第19話 俺は負けない、それはフラグでしかない
「どうだったかね、私のコーヒーは」
ちょうどコーヒーを飲み終えた頃、様子をうかがう感じで神岡パパが席にやってきた。
「ええ、とても美味しかったです」
「そうか、それはよかったよ。ここは私の奢りだから娘とのデート代に回してやってくれ」
「え、ええありがとうございます」
「しかし客人にサービスでコーヒーなど、滅多にないことだ。君は特別だということを、しかと頭に刻んでおきたまえ」
「……はい」
いやあ、重いなあ。
神岡とは別の意味で重いよこのおっさん。
なんかメンヘラ男臭するわあ。
何だよ特別って。コーヒー一杯でそこまで言うか?
「パパ、この後は会長とお買い物しておうちに帰りますので」
「そうか。紫苑、今日も帰ってこないのかい?」
「はい。だってパパとママの邪魔しても悪いし」
「それは確かにそうだな。紫苑がいないと寂しいが、二人っきりになれたことでママとイチャイチャできるメリットもあるから考え物だ」
「ふふっ、ママもパパにべったりだもんね。私は会長とイチャイチャするからパパは気にしないでね」
「ほう、イチャイチャと」
ちらりと、パパが俺を見る。
いや、怖いってその目……人を殺しかねない目してるなこいつ。
「会長、それじゃ行きましょうか。パパ、またね」
「ああ、気を付けて行ってきなさい、紫苑」
ようやく、メンヘラパパの店から出れた。
そしてよく見たらこの喫茶店、『喫茶 カミオカ』と書かれていた。
よく見るべきだった。
「しかし神岡さんの家が喫茶店とは意外だったな」
「そうですか?」
「ああ、もっと金持ちのお嬢様とかかと思ってたから」
「うちはそんなに金持ちじゃないですよ。パパのお店、全国に三百店舗しかありませんし」
「……え、チェーンなの?」
「はい。あそこは本店なので名前が違いますけど、『カミオカフェ』って聞いたことありません?」
「あ、めっちゃあるわ。ていうか学校の近くにもあるじゃん」
「はい、あそこも全部うちの経営なんですよ」
「……」
とんだ金持ちだった。
振る舞いとかを見ているとそうじゃないかと思っていたが、聞いてびっくりにもほどがあった。
「でも、なんで神岡さんのパ……お父さんは店に? 普通それだけの社長なら店頭に立つこともないだろ」
「いえ、社長はママがやってますから。それにパパは現場が好きなので。あと、あの店の奥に事務所があるんですけどそこにママを置いておかないとイライラしちゃうんですって。まあ、ママもママで、パパが出張とかいかないように店に縛ってるようですが」
「ふむ……」
つまりメンヘラとメンヘラの束縛し合いっこってやつか。
なんか見るに堪えないな。
ていうか奥にママがいたのか。絶対あの店にはいかないでおこう。
「それじゃ会長、目的の複合施設に行きますよ」
「ああ、そうだった。買い物だったっけ?」
「いえ、まずはそこでボウリングをしようかと。会長、ボウリングはお得意ですよね?」
「……どうして俺がボウリングを得意だと知ってる?」
「いえ、なんとなくですよ」
「ふむ」
確かに俺はボウリングが得意だ。
いや、センスとかいう以前の問題で、十本あるピンの決まった位置にボールを投げ続ければスコアが出るという単純なゲーム性がしっくりきたのだ。
反復作業が得意だからか、いつも同じ場所に再現性高く投げ込める俺はだいたいがストライクで、スコア平均は優に二百を超える。
運動はあまり好きではない俺が、中学校の時にひそかに唯一ハマった遊びである。
が、なんで神岡が知ってるんだろうか。不思議……いや、不気味だ。
「なあ、神岡さんは俺のことを以前から知ってたりはしないよな?」
「ええ、高校に入ってから学年の成績発表などでいつもお名前は伺っておりましたけど」
「そう、か。んん、考えすぎか」
「あはは、変な会長。会長がボウリング好きなのは、ご自身が中学の卒業アルバムに書かれていたじゃありませんか」
「そう、だったかな? ていうかよくそんなことを覚えて……いや、どこで見た?」
「んー、会長のお部屋に昨日こっそり忍び込んだ時に」
「……入ったの?」
「はい。夜に悶々としちゃって、会長のお顔を見ながらしたくなっちゃったのでつい」
「……つい、じゃねえよ!」
いや、昨日は随分おとなしいなと思ってたけど。
しっかり暴れとんなこいつ!
「だって……会長と同じ屋根の下にいるのに別々のお部屋というのは寂しくて。あ、でも大丈夫ですよ、しっかり濡れましたけど、会長を濡らしたりかけたりしてませんから」
「何が濡れて何がかかってないのかなあ?」
「そ、それ聞いちゃいます……? 会長のえっち」
「……」
俺が寝ている間に一体何が行われていたのか。
聞きたくもあるし、聞いたらおしまいな気もする。
……いや、やっぱり聞かないでおこう。
考えただけでムラムラ……じゃなくてぞっとする。
「会長の寝顔、すっごくよかったです。できればそのままベッドにも入らせてもらいたかったのですがいささか濡れすぎちゃいまして」
「あーもう聞きたくないからその話は終わり! ていうか勝手に部屋に入るな」
「だって、鍵が開いたんですもん」
「ですもん、じゃねえ! 鍵ぶっ壊すからだろ」
「壊れる鍵がいけないんです」
「……」
いや、ぶっ壊れてるお前の価値観のせいだと思うけど。
「会長、そういえばボウリングでも何か賭けますか?」
「……この前みたいなマッサージは御免だぞ」
「それでは、負けた方は一日、勝った方の言うことをきくというのはどうですか?」
「一日……しかし無茶な要求は却下するぞ」
「まあ、節度のある範囲ですよ。会長が勝ったら私にどんな要求をしてもらってもいいですけど」
「……うむ」
なんか引っかかる言い方だな。
ていうか価値観壊れてるこいつに節度とかあるのか?
「会長、さあいきましょ」
「う、うん」
ただ、久々にボウリングはしてみたかったし負ける気もなかった。
だから受けた。
勝てばそれでいいんだと。
一日言うことをきくのであれば、今日はこれで帰ってもらうことも可能だし。
俺はボウリングでは負けない。
そんな決意は。
ただのフラグだった。
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