第18話 サプライズもサービスも嬉しいとは限らない
「ふふっ、二人で始発に乗るなんて駆け落ちみたいですね」
始発電車の中で並んで座っていると、隣の神岡は嬉しそうにそんなことを言った。
俺は……眠い。
「会長、このまま二人で駆け落ちしますか? 住まいは狭い六畳一間を借りて、朝から晩まで扇風機の風しかない蒸し暑い部屋の中で絡み合う……なんかいいですね」
「なにがいいんだよ。大体駆け落ちしなきゃならん理由がないだろ」
「確かにそうですね。もう、会長のご両親も私たちの仲を認めてくださってますものね」
「……お前の親はどうなってんだよ」
「え、気になります? 嬉しい……会長が私の両親に挨拶したいと言ってくださるなんて。もちろん問題ありませんが、今度紹介いたしますね」
「……」
いや、ぜひ断りたいんだけど。
でも、なんかポケットをもぞもぞしてる神岡から凶器を出されたら逃げ場ないし、とりあえず我慢だ。
早朝の電車にはまだ誰もいない。
二人っきりで占領する車両。
これほど怖いものはない。
「会長、駅につきましたらまずモーニングです。駅前の喫茶店で今後について語り合ってから、複合施設の開店に合わせて移動します」
「さっき朝飯食べたじゃん」
「モーニングは別です。コーヒーが美味しいらしいんです、そのお店」
「ふむ」
まあ、そういえばさっきの朝食後はコーヒーが出ないからどうしたものかと思っていたが、そういうことか。
なんて妙に納得させられていると目的の駅に到着した。
住んでる場所は田舎でも、三駅も離れれば随分と景色は変わる。
駅前はまだ早朝とあって閑散としていたが、ラーメン屋や居酒屋、それにコンビニやハンバーガショップ等が並ぶ都会の駅って感じだ。
「へえ、久々にきたけどやっぱりこっちはなんでもあるな」
「ですね。ほら、そこにある喫茶店ですよ。朝から空いてるんです」
「へえ。来た事あるのか?」
「あれ、会長は私が過去に誰と何をしていたか気になりますか?」
「い、いやそういうことじゃないけど」
「気になりますよね?」
「……ど、どうなんだよ」
「ふふっ、会長に嫉妬してもらえるなんて幸せ。でも、きたことはありませんよ。安心してください」
「……」
別に嫉妬とかしないんだけど。
でも、ここまで俺に一途な神岡が昔好きな男とかいなかったのかについては若干気にはなる。
もしこれが初恋で、初恋を成就させたまま終わらそうとしているのであればそれはかなり危険ともいえる。
せめて俺以外の男に恋したことくらいはあってほしい。
そうじゃないと逃げられる気がしない。
「会長、今何を考えてました?」
「別に」
「私の過去とか、心配してました? 大丈夫ですよ、しっかり初恋ですので」
「……」
「それに、唯一の恋で終わるでしょうね。私、会長に必要と言われたあの日まで、男なんて汚物くらいにしか思ってなかったんですよ。でも、会長は私をいやらしい目で見ず、それでいて心の底から誠実に求めてくださりました。それが私の心をぱきゅんと射貫いちゃって。もう、この人の子供がほしいなって、ぞっこんです」
「……」
いや、重っ!
それに何勝手にこいつのハート射貫いてんだよ俺のバカ!
確かにいやらしい気持ちは一切なかったけど。
俺のまじめさが仇になるとは……。
悔やんでも悔やみきれないミスを嘆きながら、店の中へ。
モダンな感じの店内は朝からそこそこ人が入っている。
モーニングに訪れた年配者が大半、といったところか。
俺たちは店員に案内されて二人掛けの窓際のテーブル席へ。
「いいですよね、ここ。窓から見える景色もきれいです」
「別になんでもない街並みが見えるだけだけど」
「会長とみる景色はどれも絶景なんですよ。たとえ地獄の底でも会長となら私にとってはユートピアです」
「俺はすでにディストピアに迷い込んだ気分だがな」
「ふふっ、面白いこと言いますね。ディストピアがお好みですか?」
「い、いえ……」
テーブルに置かれた小さなフォークがキラリ。
余計なことを言ってしまったと、俺は目を逸らす。
「では会長、コーヒーを二つ頼みましょ。ブラックでいいのですよね?」
「ああ。神岡さんもブラックでいいのかい?」
「ええ、会長と同じものを口にしたいので。はっきり言えば味なんてどうでもいいです」
「……」
じゃあなんで来たんだよと言いたいところだけど、どうしても俺にここの味を知ってほしい理由でもあったのだろうか。
「すみませーん」
店員を呼ぶと、奥から髪を上げたちょび髭のダンディが現れた。
制服姿も決まっていて、なんかおしゃれなおじさんって感じだ。
「いらっしゃいませ」
「あ、すみません。ええと、コーヒーブラック二つ」
「あ、パパ。この人が私の婚約者の会長です」
「なんだ、パパなのか……パパッ!?」
神岡がさらりと。
ダンディな店員さんにパパと。
もちろん俺は目が飛び出そうな勢いで彼を見る。
すると、
「ほう、君がそうか。娘が世話になっているそうで。末永くよろしく頼む」
頭を下げられた。
「……あ、ええと、俺はですね」
「君、娘が毎日家にお邪魔していて迷惑をかけていると思うが、悪い子じゃないので大目に見てやってくれ」
「は、はあ」
「一人娘なものでわがままに育ったが、どうか広い心で迎えてやってくれ」
「……」
一瞬、お父さんと口走りそうになったほど目の前のおじさんは誠実だった。
親の顔が見てみたいと思っていたが、実際みるとまともだ。
ふむ、やはり環境とかじゃなく、神岡自身の問題ってわけか。
「では会長君、コーヒーをお持ちするから待っててくれ」
「は、はい」
「あと、一つだけいいかい?」
「な、なんでしょうか」
「娘をキズモノにしたんだから、添い遂げる覚悟はあるのだよな?」
「……え?」
「なんだその目は。まさか」
「い、いえあります! ありますからそのよくわからない鋭利なものをしまってください!」
「ふむ、わかった。君の覚悟がうかがえたのでほっとしたよ」
「……」
奥に引っ込んでいくおっさんの手に握られた折り畳みナイフ? のようなものがポケットしまわれるのを見て、前言撤回。
あの親にしてこの子ありだ。
なんだあいつ、普通にやべえおやじじゃねえか。
「会長、パパと随分意気投合してましたね」
「そう見えたなら神岡さんは一度眼科に行くべきだと思うぞ」
「? 私の目は両方視力は2.0ありますから大丈夫ですよ」
「……」
なら脳外科に行け。
意気投合? どちらかといえばあのおやじとは不倶戴天だと言いたい。
まさかとは思ったが神岡一家はメンヘラ一家のようで。
母親だけでもまともでいてほしいが絶対そうじゃないんだろうなと諦めながら窓の外を見る。
やっぱりただのつまらない街並みだ。
眠い。早く帰って寝たいなあ。
「お待たせしました、コーヒー二つです」
注文の品を運んでくれたのは別の店員だった。
少しほっとしながら、香り高いコーヒーを目の前にすると神岡が先に口をつける。
「ん、やっぱりパパが淹れたコーヒーはおいしいです。会長も飲んでみてください」
「あ、ああ。ん、これはなかなか。今まで飲んだもので一番うまいよ」
「よかった。会長、ここはパパからのサービスなのでゆっくり愉しんでください」
「そうか、なんか悪いな」
「いえ。パパも私の婿から金はとれないと言ってくれましたし」
「……やっぱり払いたいなあ」
「何か言いました?」
「いえ、何も……」
このコーヒー一杯で婿認定されると思うと、やっぱりきっちり金を払って客という立場でいたいなあと。
思いながら飲んだそのコーヒーは、さっきより少し苦い気がした。
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