第17話 婚約、こんにゃく
「会長、今日もお泊りしますので」
「……」
人生初のカラオケでは一曲も歌うことはなかった。
まあ、それはいいとして問題は婚約というワードである。
うちの学校が県模試で優秀な成績を納めたら神岡と結婚。
そんな約束を取り交わされてしまった今、俺は願ってしまう。
みんなバカになれ、と。
まあ、去年の冬に行われた模試の結果は県で十二位。
ここからいきなり上位に食い込むことはないだろうと安心しているけど、万が一結果が出てしまったら本当に結婚しないといけないんだろうかという心配が尽きない。
「会長、今日はオムライスにしますね。で、明日は休みなので一緒にお買い物いきましょ」
「……」
ていうかもう、勝手に同棲状態に持ち込まれてる時点で抗うことへの意味を考えてしまう。
かたくなに拒否せず、神岡を受け入れてしまった方が幸せなのではないかと。
悩むところではあるんだけど。
「会長、明日のデートの時に女の子を見たりしたらダメですよ?」
「み、見ないけど」
「いえ、会長は見ます。あと、見られてもダメですよ?」
「そ、それは俺がどうこうできる問題じゃないだろ」
「いえ、会長が私一筋オーラを全開にして、他の女は全員等しくゴミだから死んでくれってオーラを出しまくっていたら誰もみません」
「……」
いや、そんな不審者の方が余計見られるだろ。
それにオーラってどうやって出すんだよ。誰か教えてくれ。
「会長、今日は早く寝ましょう。明日は朝からお出かけですから」
「……そうだな」
休日は一日家に引きこもって勉強のつもりだったが、そんな俺の予定はあっさり崩れる。
まあ、たまには息抜きも必要だしあんまり勉強しすぎて模試の平均点を底上げしてしまってもなあと。
普段なら絶対考えないようなことを考えながら帰宅。
で、この日は本当に神岡は早く寝た。
随分とおとなしい神岡だったが、それが嵐の前の静けさでないことを祈りながら俺もさっさと眠りについた。
◇
「会長、おはようございます」
朝。
ていうか早朝?
まだ日が昇る前に部屋の外から声がした。
「……神岡? いや、何時だよ今」
「朝の四時です。会長、朝ごはん作りましたので食べましょう」
「あ、ああ」
早く寝たからよかったものの、こんな時間に起きるのは久々だ。
それに今日は学校もない。
なんでこんな時間に起こされてるんだろ……。
「会長、今日は少し遠出しますので。食べたら駅に行きますよ」
「遠出? 聞いてないぞ」
「今言いました。ね、会長も日々の激務にお疲れでしょうから気晴らしですよ」
「うむ」
日々の激務、というほどまだ俺は仕事をさせてもらってないんだけど。
まあ、日々神岡に気を揉んでいたせいか疲れているのは事実だし。
気晴らし、ねえ。
俺の心労の原因と一緒に買い物に行くことで果たして解消されるものなのかどうかは疑問だけど。
「会長、本日は三駅隣の複合施設で一日遊びますよ」
「そんなところまで行くのか?」
「はい。会長はこちらが地元ですし、もし万が一会長の昔好きだった子と再会とかしたら……警察沙汰になりそうなので」
「……なるほど」
「あれ、否定しないってことは初恋の人とかいたんですか? 誰ですか? 付き合ったんですか? ねえ、どうなんです?」
「な、なんもないって! いいからそのフォークをしまえ」
「それじゃ初恋の人も初エッチの人もいないんですか?」
「……俺は童貞だ。それで満足か?」
「ふふっ、知ってますけど」
「ぐっ……」
なんか言わされたみたいになった。
ていうか知ってるってどういうことだ。
見たまんまってことか? だったらそれはそれで失礼な話だ。
「会長、今日は体を動かしてストレス解消してください。球技大会の時には窮屈な思いをさせましたから」
「その穴埋めっていうなら、ぜひ今度からは球技大会に参加させてほしいがな」
「いえ、それは無理です。ちなみに会長は体育祭の当日は放送室で実況する係になってますから」
「え、それは放送部がやるんじゃないの?」
「いえ、放送部の方々もゆっくり体育祭を満喫できるようにと。ちなみに私と二人でやる予定ですから」
「……」
放送部ってそういうところが見せ場なんじゃないのかと思ったりしたが、まあ本人たちも参加者側に回りたいと望むならそれでいいのだろう。
ていうか俺が実況?
「おい、俺は実況なんてやったことないぞ」
「いえ、普段通り私と会長の会話を流していればいいのです。ほら、昨日こっそり全校生徒にとったアンケートの九割以上が私と会長の夫婦漫才を聞きたいとお望みですので」
「……ほんとだ」
渡された書類の束は、ほんといつの間にとったのか不明なアンケート、全校生徒分。
体育祭でしてほしいことと書かれたプリントの下に書かれた項目は三つ。
会長と副会長による夫婦漫才放送。
会長と副会長による夫婦障害競走。
会長と副会長による夫婦つな引き。
「いや、どれも俺とお前でやる分じゃねえか」
「はい、それ以外なにかあります?」
「いや、もっと他の選択肢をだな」
「選択肢? 会長は私以外の選択肢がほしいと?」
「い、いやそうじゃなくて」
「会長に選択肢なんてありませんよ? 会長は私と婚約したんですからね」
「……」
やっぱり婚約は有効だった。
朝ごはんにはこんにゃくが入っていた。
……こんにゃく、味がしねえなあ。
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