第14話 潔白だから綺麗になった

「ぐっ……朝になってしまった」


 ベッドに残る謎の湿り気、そして甘い香りと人肌のぬくもり。

 さらに脳裏によぎる甘噛みの感触も相まって、俺は昨日に引き続いて眠れなかった。


 ベッドから避難して床に寝てみたりしてもダメ。

 気になることが多すぎて目が冴えてしまう。

 

 また、朝日が昇る瞬間を見てうんざりする。

 そして、当然ながら、朝になると神岡がやってくる。


「会長、おはようございます」

「……おはよ」

「あれ、ゆっくり眠れませんでした?」


 すでに制服姿に着替えている神岡は、不思議そうに俺へ寄ってくる。


「誰のせいだと思ってるんだよ」

「え、誰かに邪魔されたんですか?」

「……神岡さん、俺のベッドが湿っぽかったのは気のせいかな?」


 何をしたか、とまで直接的に聞くのは恥ずかしかったので回りくどく。

 でも、神岡はそんな質問に対して照れながら答えてくれる。


「あ、あれ、ちゃんと拭いたはずなのになんででしょ? あ、最後に自分の手をベッドで拭いちゃったから、かな? すみません、会長のベッドで寝てるって思うと、つい」


 どうやら、何をされたのかは昨日の想像のままだったようだ。


「……あのさ。つい、でやるようなことじゃないだろ」

「いえ、衝動ですよああいうのは。でも、お風呂場でもいっぱいしたのになあ」

「頼むから人の家だってことを自覚してくれるかなあ! 気になって寝れなかったんだよこっちは」


 ていうか風呂場でいっぱいしたならすっきりしとけ!

 男と女ではその辺も違うものなのか?


「会長、気になってくれたんですか?」

「え? いや、そりゃあ気にはなるだろ」

「嬉しい……会長が意識してくれるなんて、私、それだけでまた濡れちゃいます」

「い、いや意識とかそういう話じゃなくてだな」

「会長も、私を感じながらおひとりでしてくれたりは」

「してない。それは絶対ないぞ」


 しかし、しそうになったのは事実だけど。

 寝れないのですっきりして寝てやろうとか、考えちゃったけど。

 なんかものすごい背徳感があったので自重したが、結果としてはあれでよかった。


 してたら、強気でいられなくなる。


「……とにかく学校だ。俺は早めに生徒会室に行って仮眠したい」

「眠そうですもんね。でも、生徒会室にベッドが届くのは明日ですよ?」

「なんだ、それは残念だ……って、ベッド?」

「ええ、この前お話してたじゃないですか。ベッドとシャワーの増設」

「い、いやあれは却下したはずだ」

「あれ、そうでしたっけ? 頼んじゃいましたけど」

「シャワーの設置も?」

「はい。今朝から業者が来る予定ですけど」

「そういうことは早く言え!」


 神岡を外に放り出して、大慌てで着替えてキッチンに置かれていたパンを加えてそのまま家を飛び出した。


「会長、そんなに大慌てでどうしました?」

「慌てるにきまっとるだろ! 教室に勝手にシャワー作るとか、どんな独裁者だよ!? 断ってくるんだ」

「特権だと思うんですけどダメですか?」

「職権の乱用だそんなものは」

 

 それにいくらするんだよ?

 今年の生徒会の予算なんかじゃ足りないぞ。


 全力疾走で朝の学校へ。

 すると、ちょうど作業着姿の人が数人、軽トラに乗ってやってきたところ。

 で、早速工事の荷物をおろそうとしていたので、ダッシュで駆け寄る。


「あのー、すみませーん」


 そのあと、事情を説明して帰ってもらうまでに三十分。

 どうやら下請けの作業員の人たちだったようで、事情がわからないからと本部へ連絡を繋いでもらって電話で平謝り。

 今回ばかりは学生のミスともあって違約金こそ発生しなかったが、めっちゃ怒られた。

 まあ、当然である。

 そのあと、平謝りと説教で疲労困憊な俺は、何もいじられることなく済んだ生徒会室に行って席に座って天井を仰ぐ。


「……疲れた」

「会長、お疲れですね。お茶入れましょうか?」

「いい……ていうかベッドも断っておけよ」

「え、なんでですか?」

「今までの流れみたらわかるだろ!」

「もしかして会長は立ったままがいいと? まあ、会長がどうしてもとおっしゃるなら私はもちろん従うまでですよ」


 もじもじ。

 てれてれ。

 とても注意されてるやつの態度ではない神岡は、俺の怒りなど素知らぬ顔でお湯を沸かしていた。


「……あのさ、うちの予算は年間で三十万円だぞ? 大きな買い物や工事なんかしたら予算内で済むどころか借金になっちゃうだろ」

「あら、そのことは問題ありませんでしたのに。工事費用は簡易設営型のシャワーで現物と工事費込みで十万円、ベッドは折り畳み式のもので二万円だったので」

「ほう、それは買い物上手だな……ってそういう問題じゃない! いいか、予算を使う時は俺の許可がいるんだ。勝手に使うのはダメ、わかった?」

「ええ、心得ました。それでは会長、会長も私の許可なしに女の子と会話したらダメですよ?」

「……なんでそうなる?」

「あれ、話したいんですか?」

「い、いえ……」


 神岡が笑顔のまま沸いたやかんをもってこっちにむかってきてたので即時撤退。

 だから怖いんだって……熱いじゃすまないよ、それ?


「それじゃ約束ですね。ふふっ、会長と私だけの約束だなんて、なんだかエッチですね」

「なにがだよ。まあ、今回は初犯だから許すけど次はないぞ」

「ええ、わかりました。その代わり会長だって、約束破ったらちょん切られるって話、覚えててくださいねえ?」

「も、もちろんだとも……わ、わかってるからそのニッパーを置いてくれ……」


 どこからか取り出したニッパーがちょきちょきと。

 あれがどんな鉄でも切ってしまうというニッパーなのか?

 あんなもん売ってていいのか? スタンガンとかよりもよほど危険だ。


「さて、それでは今日は何します?」

「……仕事したい」

「あら、一学期のお仕事はもう大方終了してますが」

「いや、まだ一つある。いつもなら二学期に行われる修学旅行を、今年は急遽一学期中にしたいと学校側から打診のメールがあってな。ホテルの関係などで、他校と時期がかぶったせいでの調整だとか。それについての周知文と皆の意見を聞くためのアンケート用紙を」

「それなら昨日のうちに。はい、会長」

「……ご苦労」


 綺麗に作られた周知文とアンケート用紙が目の前に。

 いや、なんで?

 生徒会のメールは俺の携帯にしか入ってこないはずだよ?

 絶対盗み見しただろこいつ。


「ふふっ、私って仕事早いでしょ?」

「早すぎるほどにな……あの、勝手に人の携帯みないでくれる?」

「え、会長は携帯見られて困ることがあるんですか?」

「そういう話じゃなくて、普通人の携帯は勝手に見ないだろ」

「普通? 普通って誰と比べてるんですかあ? 私に携帯見られて困るって、それはつまり他の女と連絡を取り合ってるんですね? 会長、ズボン脱いでください」

「ま、待て! なんでそうなるんだ、俺は別に」

「ダメです。会長、ズボン脱いでください」

「や、やめ……」

「会長。会長が潔白なら、私が会長の携帯をいつどこで見ても問題なんかありませんよね? ね?」


 神岡がニッパーをチョキチョキ。

 で、俺は椅子から腰を抜かして落ちる。


「ま、待て……わ、わかったから、別にみられても問題はないから」

「ほんと? それじゃ会長は私以外の連絡先、全部消してくれます?」

「……いや、全部ってそれはさすがに」

「心配いりません。お父様とお母さまには私からご連絡するので。あと、ご友人は特にいないとおっしゃってましたから、知人程度の人間の連絡先は全て削除で問題ありませんね」

「そ、それはさすがに」

「問題ないですね?」

「……はい」


 特に惜しいとか、そんな気持ちはなかったけど。

 とりあえず俺の携帯の電話帳は綺麗になった。


 一件。

 神岡紫苑という名前だけがそこに残る。


 誰かさんに強制的に添えられたハートマークと共に。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る