第13話 ゾンビや吸血鬼じゃなくても人を噛むことはあるんだな、と

「会長、お約束通りマッサージをさせていただきます」


 ゲームの結果は、俺の圧勝。

 なんか、あっけなさすぎる決着だった。


 多分、神岡は手を抜いていた。

 俺にマッサージされることより、俺をマッサージする方を選んだというわけか。


「言っておくが肩もみだぞ? それに、もう遅いからさっさとやって寝る」

「会長ってやったらすぐ寝ちゃう人ですか? それは女子からすれば寂しいんですよ?」

「なんの話だ。用が済んだら普通寝るだろ」

「あー、会長って案外ドエスなんですね。えへへっ、でもそういうところも私と相性ピッタリです」

「……早くしてくれ」


 胡坐のまま、両手をだらんとおろして肩を揉まれる体制で待つ。

 すると、俺の背後に神岡が回って。


「ふーっ!」

「あひゃっ!?」

 

 耳に息をかけられた。


「あはは、会長って本当にお耳が好きなんだ」

「お、おい不意打ちで変なことをするな!」

「じゃあ不意打ちじゃなかったらいいんですかあ?」

「そ、そういう話じゃなくてだな……」

「でも、会長のお耳っておいしそう……ぱくっ!」

「みゃっ!」


 かぷり。

 耳を食べられた。

 甘噛み。

 その瞬間、変な声と一緒になんか出そうだった。


「や、やめっ……」

「お耳のマッサージですよお? ほら、会長のお耳もぴくぴくしててすっごく気持ちよさそう」

「や、やめろ!」


 これ以上やられたら、気持ちよさが絶頂に達して理性も白いものも飛んで行ってしまいそうになったので、慌てて立ち上がってキッチンの方へ逃げる。


「会長、まだマッサージの途中ですよ?」

「く、来るな! 何がマッサージだ」

「ほら、性感マッサージっていうの、男の人好きなんでしょ?」

「俺にそんな下衆な趣味はない! く、来るな!」


 ゾンビ映画で自宅に迷い込んだゾンビに追い詰められる主人公の気分が今ならよくわかる。


 ゆっくりだけど、俺をロックオンして着実に近づいてくる相手っていうのはなんとも言い難い恐怖がある。


「会長……私、むずむずしてきちゃった」

「だ、だったら風呂にでも入ってこい」

「お風呂をびちゃびちゃに濡らしちゃいますけど、いいんですか?」

「ふ、風呂場はだいたい濡れてるだろ」

「あー、それもそうですね。じゃあ、お風呂に入ってきます。下着もびっしょりなので」

「……俺は寝るからな」


 なんか知らんが注意が逸れた。

 マッサージはどこに行ったと言いたいところだが、いそいそと風呂場に向かって言ってくれる神岡をまた引き留める理由はもちろんどこにもなく。


 俺はさっさと部屋へ逃げる。


 で、部屋に入ると鍵をして。


 ようやく神岡から解放された。


「はあ……こんなこと毎日やってたんじゃ勉強もできないよ……」


 俺は自分でもわかっているが努力の人だ。

 決して天才肌なんかじゃないから、日々の努力を怠った瞬間に凡人と化すことは自覚している。

 生徒会長の俺が急に成績を落としたりすれば、なんだ会長もそんなものかと、一段と学園の雰囲気がだらけてしまうことは明白。

 それに、最近は神岡との仲を勝手に噂されている。

 女でダメになったやつなんて、思われたくない。


「今日は徹夜だ……あれ、そういえば前っていつ寝たっけ?」


 なんか体がだるい。 

 そういえば、昨日もなんだかんだ寝れずだったっけ?


 二日も徹夜なんて、さすがにいくら俺でも……。


「いかん、少しだけ我慢だ。何も勉強せずに寝るなんて、そんなこと……」

 

 うとうと。

 眠気と格闘しながらなんとか参考書のページをめくる。


 しかし、さすがに丸一日以上不眠という状況に耐えることは、忍耐力とかまじめさとかではどうにもならず。


 そのまま夢の中に落ちていった。



「……はっ!」


 急に目が覚めた。

 部屋の明かりはついたまま、一体何時間寝ていたのかと慌てて時計を見ると夜中の二時。


「……いてて、首が」

 

 変な姿勢で眠ってしまったせいか肩や首が固まっていた。

 間延びして、首を反らしてみるがすぐには治らない。


「ったく、こういう時にこそ、肩もみでもしろって話だ」


 とっくに母の部屋で寝ているはずの神岡に、そんな文句がこぼれる。

 まあ、どうせ明日も起きたらいるんだろうし、朝になっても痛むようならちゃんとマッサージさせようか。


「……しかし勉強中に転寝とは。徹夜明けとはいえ、気が抜けてる証拠だ」


 それに疲れもある。

 それも精神的な疲労。

 そっちはマッサージなんかじゃ癒えないだろう。

 

「……早くなんとかせねばな」


 明日こそは神岡を退ける。

 ここ数日で随分と距離を詰められた気もするが、勝手に言い寄ってきただけの話。

 仕事の妨げになるなら容赦なくクビにしてやる。

 たとえ刺し違えてでも。


「……まあ、そうやすやすと引き下がる女じゃないがな。寝よう、続きは明日だ」


 丸一日の不眠はちょっとの転寝くらいでは解消されず。

 また、眠くなってきたので今度はベッドへ。

 

 布団をめくる。


「んん……会長?」

「ああ、起こしてすまなかった神岡さ……わっ!?」


 するとそこには寝巻姿で体を丸める神岡がいた。

 いや、どうやって入った?


「会長、起きたんですね。私、お布団温めておきましたので」

「い、いや待て。この部屋には鍵をかけていたはずだ」

「ええ、そうなんですよ。だから南京錠はちょん切っちゃいました」

「ちょん切った!?」

「はい、どんな鉄でも真っ二つなニッパーを持ってまして」

「……」


 どんな鉄でも真っ二つなニッパー? 

 いや、なにそれ怖いんだけど!


「お前、なんで部屋にきた? 入るなと、そう言ったはずだが」

「すみません、会長は今日、とてもお疲れの様子に見えましたので、元気を出してもらおうと夜食を作ってみたのですが……入ると寝ておられたのでそっとしておこうと」

「夜食……?」


 部屋の真ん中にあるテーブルを見ると、そこにはおにぎりが三つ、皿の上に。


「少し待とうと思っていたら私もそのまま眠ってしまってて。ごめんなさい、変なことをするつもりはなかったのですけど」

「……まあ、何もしてないなら別にいい。それより、おにぎりは食べてもいいのか?」

「は、はい。梅とおかかと塩にぎりですから。お茶、持ってきましょうか?」

「いや、いいよ。食べたら寝るから」

「ふふっ、よかった。会長、今日はちゃんとお布団で眠ってくださいね」

「ああ」


 そのまま、何も迫ってくる様子もなく神岡は手を振りながらさっさと部屋を出て行った。


「……ったく、俺も甘いもんだ」


 と、言いながらおにぎりを一口。

 梅だ。


「うまい……ほんと、普通にしてたらいい子なんだけどな」


 ちょうど食べやすいサイズのおにぎりは、小腹が空いた時間帯にはとても美味で。

 あっという間に完食。

 そして満腹になったところでまた、眠くなってきた。


「……寝るか」


 今度こそ、布団へ。

 そして電気を消すと、今日はしっかりと眠気が襲ってきた。


「ふああ……気持ちよく寝れそう……ん?」


 さっきまで神岡が寝ていたせいで、甘い香りとぬくもりが充満しているが、今日の違和感はそれだけではなかった。


 気持ち、ベッドの真ん中あたりが湿っぽい。

 なんだろう、水で濡れてるって感じじゃないけど。


「……なんだこのほんのりとあったかい湿り気は。い、いや、まさかな。まさか、いくらメンヘラとはいえそんなことまでは」


 よからぬ妄想が、頭をよぎる。

 そういやさっき、布団を剝いだ時の神岡の姿勢は、どうしてあんなに丸まっていたのだ?


「……い、いかん考えるな。変なことを想像するな俺」


 ただ、ダメだと思うほどその逆をしてしまうのが人間というもので。

 脳内には、さっきの神岡の姿ばかりが繰り返し再生される。

 ついでに、耳を噛まれた感触まで思い出してくる。


 で、悶々としながら何度も寝がえりを打っては目を閉じて。

 しかし。


 また、眠れなかった。

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