第12話 おそらく揉んでも揉まれてもアウトだと思う

「会長、今日はせっかくなのでゲームでもしませんかあ?」


 食事の途中、神岡がピザのチーズを口につけたままそんなことを言ってきた。


「いや、俺はもうゲームはしない。昔はよくやったけど、ああいうのは目に悪いし時間の無駄だ」

「えー、そんな考え方古いですよ。ゲームは頭も使いますし、最近はスポーツとしてプロもいるくらいなんですから」

「そういう神岡さんはゲーム好きなのか?」

「ええ、嗜む程度ですけど。さっきリビングのとこにゲームがあるの見ましたよ?」

「あれは昔やってたものをそのままにしてるだけだ」

「でも、懐かしいです。会長、食べ終えたら一緒にやりましょ」

「……少しだけだぞ」


 だからそのピザカッターを離せ。

 なぜ俺を誘う時にいちいち凶器を携えてるんだこいつは。

 まあ、それに怯えて言いなりな俺も俺だが。


「しかしこのピザもうまいな。オーブンでこんなになるもんだとは驚いた」

「でしょ? 私、昔は料理とか全然しなかったんですけど、勉強したんですよ」

「ほう、向上心があるのは感心だ。何かきっかけでもあったのか?」


 そんな質問をしながら少しにやけそうになる。

 どうせ昔、好きな男の為にとか言って料理を覚えたのだろうと、俺はそんないじわるなツッコミにしてやったりな気分だったからだ。

 しかし、


「え、会長に心を奪われたあの日からですよ、料理を覚えたのは」

「……いや、それって結構最近じゃね?」

「はい、二週間ほど前ですね」

「い、いやいやさすがにそんな短期間でここまで料理を覚えるなんて」

「あら、そんなことありませんよ? 食材と調味料を組み合わせて加熱具合を計算さえすればよい単純作業ですから、レシピと動画を見ればすぐでした。ね、私って嫁力高いでしょ?」

「……」


 いや、嫁力じゃなくて能力高すぎだろ!

 何こいつ、俗にいうカメラアイってやつ?

 ……いやいやこいつの場合はその記憶力に加えて理解力と応用力まで人一倍優れてやがるから、料理なんてそりゃ見ただけでできるんだろうけど。


 ……全然萌えねえ。

 普通さあ、手が絆創膏だらけになったりしてようやく覚えた肉じゃがとかを照れくさそうに出してくるもんじゃねえの?

 いや、これは多分に俺の妄想と願望が含まれているが。

 ただ、あまりにも完璧にこなされるというのはそれはそれで努力の軌跡が見えず、男としてはなんかグッとこみ上げるものがないのだ。


「会長、明日はバーニャカウダーソースを作ってみようかと思います」

「ほう、フレンチにも心得があるのか?」

「フレンチ? いえ、さっき調べてたらおいしそうなのがあったので」

「あ、そ」


 だから見ただけで再現レシピすんな。

 せめて食べたものとかにしろよ。


「それじゃ会長、食べたらゲームですね」

「ああ、そうだったな」

「せっかくですから罰ゲームとかやりません? 負けた方が勝った方の言うことを一生なんでも聞くとか」

「たかがゲームの勝敗にしてはペナルティがでかすぎるだろ。普通ジュース奢るとかそういうもんじゃないのか?」

「普通? 誰かとやったことあるんですかあ?」

「い、いや……ほ、ほら漫画とかでよくあるのってそうかなあって」

「そんなのは創作ですから。でも、確かに一生にしてしまうとこれから先の楽しみがありませんものね。それじゃ今日は負けた方が勝った方の肩を揉むとか、どうですか?」

「マッサージ、か。まあ、無難なところか」


 手を洗って、場所をリビングに移す。

 埃のかぶった旧式のゲーム機を出しながらふと、俺が負けた場合は神岡の肩もみを俺がするんだってことに気づく。


 触ってよいものか。

 いくら肩でも、同級生の女子の体にそんなに気軽に触れるなんて、ちょっとドキドキしてしまう。

 でもまあ、俺はそんなことくらいで理性が決壊するほど節操のない人間じゃないし。

 それになによりまず、勝てばよいのだ。

 

 勝って、この凝った肩を神岡にじっくりマッサージさせよう。 

 この疲労の半分以上はあいつが原因だ。

 その責任はしっかりとってもらう。


「んーと、ゲームは何系をやるんだ?」

「なんでもいいですよ。会長の得意なもので」

「ふむ」


 しかし得意というほどやりこんだものはない。

 今残っているのはパズルゲームと格ゲー、あとはレーシングゲームだが。


「格ゲーだな。これで行こう」


 選んだのは、ス〇Ⅱ。

 まあ、波動拳が出せずに豆をつぶして断念したっきりやったことはないが。

 

「はい、コントローラー。椅子いる?」

「いえ、床に座ってやりますよ。会長も、お隣どうぞ」

「いや、俺はこっちで」

「お隣どうぞ」

「……ああ」


 機嫌を損ねないようにとゲームをしてるんだから今ここで無駄に抗って神岡を怒らせるのはいかがなものかと。

 渋々、テレビの前に座る神岡の隣へ。


 すると、今日は昨日までと違ったさわやかな香りが漂ってくる。


「会長、新しいシャンプーの香りどうですか?」

「う、うん、まあ、いいんじゃないか?」

「えへへ、よかった。会長、もっと嗅いでもらっていいですよ。ほら、髪もサラサラでしょ?」

「い、いや、十分わかるよ」

「じゃあ髪の毛触ってみてください。ほら、すっごくすべすべなんです」

「お、俺の手、さっきピザ食べて汚れてるから」

「大丈夫です。会長の手でべたべたにしてください」

「……」


 ゲームが始まらない。

 ずっとトップ画面でキャラの数人が早く始めろと言わんばかりに体をゆすっているがそのまま放置されていて。

 なんとか早くゲームを終わらせて解散したいのだけど、神岡は隣で俺にわざとらしく髪を当ててくる。


「会長も、すっごくいい匂いしますね」

「そ、そうかな? 俺はその辺の安いやつ使ってるから」

「会長の匂い、すっごくそそります。ああ、会長のが欲しくなってきちゃった」

「な、何を言ってるんだよゲームをやるんだろ?」

「あ、そうでした……会長のそばにいるとつい、疼いちゃいまして」

「……」


 まるで酒に酔ったみたいに頬を朱に染めて、目も虚ろになった神岡は下腹のあたりをさすりながら、反対の手で少し湿り気をまとった髪をかき上げながら体をもじもじさせる。


 ……暑いのか?

 今日は涼しいと思うんだが。


「会長、それでは始めましょ。負けたらマッサージ、いいですね」

「ああ、わかったよ」

 

 そんな彼女も俺の問いかけに目を覚ましたように、焦点を取り戻して画面へ目を向ける。


 ようやくゲームがスタートした。

 さて、さっさとやっつけて……


「ふふっ、会長に触られ放題……触り放題……じゅるっ」

「……」


 隣からの不穏な呟きが耳に入ってしまった。


 で、気づいたがもうおそい。

 すでにキャラを選択して、ゲームがスタートしてしまった。


 勝っても負けても、行っても退いても。


 地獄しか待ってないよな、これ……。

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