第11話 準備よし、施錠よし、切れ味よし?

「会長、今日はドリアですからオーブンで焼いてる間にお風呂入ってきてください」


 我が家に到着してすぐ。

 まるで我が家のように神岡が勝手にキッチンに上がり込んでエプロンをつけてそう言ってくる。


「……風呂、沸かす」

「あ、大丈夫ですよ。今日の夕方に溜まるように今朝タイマーしておきましたから。いいですよね、自動給湯器って」

「あ、そ。じゃあ入らせてもらう」

「もう、一言くらいお褒めの言葉はないんですか? 私、結構いいお嫁さんできてると思いますけど?」

「……」


 そもそも嫁にした覚えはないと怒鳴りたかった。

 しかし、父の顔が頭によぎって堪える。

 また変なことを言われて本当に仕送りを止められたら大ごとだ。

 ここは耐えろ。

 

「会長」

「な、なんだよ。俺は風呂に行くぞ」

「ここ、お風呂の鍵ないんですね」

「な、何を考えてるんだ。お、お前まさか」

「えー、ないんだなあって思っただけですよ? 何かありました?」

「……絶対、風呂場に近づくなよ」


 そのまま、逃げるように風呂へ。

 神岡の言った通りちょうどさっき溜まったと言わんばかりに浴槽に張られたお湯から湯気が立ち込めている。


 が、しかし。

 俺は服を脱ぐとすぐに体をシャワーで洗って、そのまま急いで風呂を出た。

 素っ裸で風呂に入っている時に神岡に入ってこられたりしたら一巻の終わりだ。

 さすがに俺だって自分の理性をそこまで信用していない。

 神岡は見た目だけで言えば超がつく可愛さ。

 そんな子と裸で風呂の中に二人っきりなんて状況で制御ができるような強い精神力は俺にはまだ備わっていない。

 多分そんなことになったら、襲ってしまう。

 で、終わってしまう。

 何もかも。学校を再建する夢も、生徒会長として職務を全うすることも、なんなら高校生活そのものまで。


 しかし、体を拭いている時に少し恨めしそうに風呂場を見てしまう。

 湯船が実に気持ちよさそうだ。

 俺、風呂は絶対浸かりたい派なんだけどなあ……。


 少々名残惜しい気持ちにさせられながら、着替えて部屋に戻る。

 そして今日、神岡が買い物をしている間にこっそりホームセンターで買った南京錠を取り出して部屋の扉にセットする。

 

「……これでよし。でも、明日は風呂用にも一つ買っておかねばな」


 家中あちこちに鍵をかけるなんて手間なことをやりたくはないが、やっておかねばいつどこで神岡の奇襲を喰らうかもわからない。


 どうやったのかは知らんが両親を説得された以上、自分で自分の実を守るしかあるまい。


「会長、ご飯できましたよー?」

「あ、ああ今行く」


 すっかり嫁さん気取りで俺を呼ぶ神岡の元へ。

 すると食卓には彼女が言っていた通りドリアと、更にピザまで置かれている。


「偉く豪華だな」

「でしょ? 今日は会長のおうちにお邪魔した二日目の記念日なので奮発しちゃいました」

「なんだその二日目記念というのは」

「毎日が記念日なんです。昨日は初日ではしゃぎすぎて何もできなかった分、今日はいっぱいお祝いしないとなんですよ。ね、せっかくですから食べてください」

「ふむ。まあ、そこまで言うなら今日くらいは」

「え、明日もですよ?」

「……え?」

「明日は三日目記念でケーキ作ろうかなって。で、週末は四日記念日と五日記念だからローストビーフとかも作ってみようかなーって」

「ま、待て神岡さん。その記念日っていうのは毎日祝うつもりなのか?」

「それが何か?」

「……いや」


 まるでこっちがおかしなことを言ったかのような反応で、神岡は首をかしげる。

 その様子になぜかこっちまでああそうかって気分にさせられたあと。


 やっぱりおかしいことに気づく。


「……待て、毎日ってそれ、どういうこと?」

「何がですか? 会長との出会いを喜んでいるだけですけど」

「だ、だからって毎日お祝いなんかする奴がどこにいるんだよ」

「え、会長は他の子はそんなことしないってどうして知ってるんですか?」

「い、いや、それはだから、普通常識的に考えてだな」

「私は嬉しい日に毎日お祝いするのは普通だと思ってますけど? あれ、どうして他の女の子はそんなことしないって、会長は知ってるのかな?」

「か、神岡?」


 神岡の様子がおかしくなる。

 目が虚ろ。

 もう、どこを見ているのかも定かではない、死んだ目になっている。

 これは……多分まずいやつだ。


「おかしいなあ、会長はお仕事が忙しくて私との交際を我慢されているはずなのに。なのにどうしてそんなことを知ってるのかなあ。もしかして陰に隠れてこそこそ遊んでるのかな? お仕事を私にさせておいて、そんなことしてるんだあ」

「い、いや待て……た、頼むからそのピザカッターをこっちに向けるな」

「これって結構切れにくいですよね。でもご心配なく、私が丹精込めて研いでますから。根本からぐりぐりすればちょん切れるかなあ?」

「わ、わかったから! 俺も毎日祝うのが普通だと思うから! だからそれを下げろ!」

「……ほんとですか? ふふっ、それならいいんです。さて、ピザを切り分けますね」

「……」


 神岡の目に精気が戻ってくる。 

 そして一転して嬉しそうにピザを切り分け始める。


「あ、ドリアもちょっと温めなおします。会長はそこで座って待っててください」

「う、うん」

「会長、せっかくの私たちのお祝いの席で他の女の子を連想させるようなお話はよくないですよ? 私、ちょっぴり嫉妬深いので、そういうの、気を付けてくださいね」

「……ああ、肝に銘じておくよ」


 どこがちょっぴりだ。

 あと、そもそも誰かを連想させるような話はしていない。

 

 一般論だ。

 普通に考えて、毎日お祝いって意味がわからん。

 そんなことをしているのは結婚式場くらいのもんだろ、と。


 やっぱり大声で神岡にツッコみたかったが。


 ピザカッターでせっせとピザを切りながら「えへへっ、よく切れる」とほほ笑む彼女の横顔を見ると。

 

 いろんな感情がぐちゃぐちゃになって、何も言えなかった。

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