第15話 さて、閉じ込められたんだけど

 球技大会当日。


 段取りも不備なく、朝から予定通りに日程が進行している。

 まあ、今回はほとんど神岡の采配だから俺が威張ることでもないが。


 生徒会長になってはじめての大きな行事が無事進行していく様子を。


 なぜか生徒会室に軟禁された俺は窓から見ている。


「……なんでこうなった?」


 この日、開会の挨拶を終えた俺と神岡は一度段取りの確認をするために生徒会室へ戻った。


 で、準備をしていざ球技大会へと思ったその時。

 

「会長は絶対にここから出たらダメですよ?」


 と、神岡が言い残して先に部屋を出た。


 何を言ってるんだと、続いて教室を出ようとしたら扉が開かない。

 どうやら別で外から鍵か何かをされたようで。

 扉がビクともしない。


 これはどういうことだと、急いで神岡に電話をかけたが出ない。


 そして、窓の外から見えるグラウンドでは生徒たちの賑わう声が聞こえ始め。


 球技大会が始まってしまったというわけである。


「……ここから飛び降りたら、死ぬな。ううむ、しかし誰か助けはこないものか」


 閉じ込められたことに関しては案外冷静だった。

 別に充電器もあるから、最悪外部に連絡を取ることはできる。

 それに神岡のことだから、俺を閉じ込めた理由はなんとなく想像もつく。


 他の女子と接触するなと言いたいのだろう。

 

 参加すれば否応なしに男女でかかわりを持つ。

 だからダメだと。

 どうせそんなことなんだろうと思うと、イライラしかしない。


「……ん、電話だ」


 もう、昼に差し掛かってくるという時にようやく神岡から電話の折り返しがあった。


「もしもし、いい加減にここから出せ」

「あ、会長怒ってます? お腹空いたからイライラしてるんですよね? 今からご飯持っていきますね」

「……頼む」


 確かに腹は減った。

 しかしイライラするのはそのせいじゃない。


 こんなところで何もさせてもらえず、高みの見物みたいになってるのが嫌なのだ。

 まったく姿を見せない生徒会長のことを、皆はどう思うだろうか。

 きっと、職権乱用でサボってたと、そう思うに違いない。


 また、俺の会長としての価値が下がる。

 影響力がなくなる。

 それを思うと、やはり苛立ちしか沸いてこない。


「会長、お食事お持ちしました」


 廊下から神岡の声がした。

 さて、弁当を受け取るふりをして外に出させてもらおうか。


「おい、お前いい加減に……あ、あれ」

「会長、どこに行こうとしてるんですか?」

「あ、いや、そ、それ、は?」

「えへへ、これは千枚通しです」


 扉が開いた瞬間に外へ飛び出そうとすると、千枚通しをまっすぐ構えた神岡が笑顔で立っていた。


「な、なんでそんなものを……い、いや、向けてくるな危ないだろ」

「これって結構刺さりますから気を付けてくださいね。で、どこに行こうとしてたんです? 今からお昼ですよ?」

「わ、わかったから……と、とりあえずそれを下げろ」

「会長が下がって席についたらしまいます」

「……参った」


 まさかの武力行使とは。

 しかし、あんなもので突かれたら場所によっては致命傷だ。

 ちょん切られるなんて話よりもっと怖い。

 命の芽を摘まれてしまう。


「……さて、席についたぞ」

「はい。それじゃこれ、お弁当です。会長、球技大会は滞りなく進行してますよ」

「ああ、みたいだな。しかし生徒会長が一切姿を見せないというのは、さすがにどうかと思うんだが」

「心配ありません。会長は今、生徒会室で皆の成績表をまとめたり他業務に追われてて楽しみにしていた球技大会にも参加できないかわいそうな人ってことで、皆の評価はむしろ爆上がりです」

「……一応聞くが、何のために俺を軟禁する?」

「そんなの、会長のかっこいい姿を見せてしまって汚らわしい虫が湧いたら困るからですよ」

「……ふむ」


 なるほどそういうことか。

 まあ、大体想像通りの動機だけど。


「残すは準決勝と決勝だけです。うちのクラスも残ってるんですよ」

「そうか、それならぜひ激励に向かいたいものだがな」

「ダメです、会長が来てうちの女子が優勝するなんてドラマチックな展開はよからぬ方向に話が進みそうなので」

「……しかしイベントの度に軟禁されたのでは俺の立場というものがだな」

「それでは閉会のご挨拶だけ、特別に参加を許可します。会長、それよりお弁当食べてみてください」

「あ、ああ。それじゃいただくよ……ん?」


 弁当箱を開けると、そこには大きなハートマークが鮭フレークで白ご飯の上に鮮やかに施されていた。


 まあ、これくらいはやりかねないだろうと予想できたので、大して驚きはしないのだが。


「……文字?」


 そのハートの上に海苔で文字が書かれている。

 細かくて、一瞬黒いぶつぶつにしか見えないそれを目を凝らしてよく見ると。


『会長の子供がほしい』


 そう書かれていた。


「……」

「えへへ。私、すっごく勇気を出して書いてみたんです。会長と私の子供だったら、すっごくかわいい子が生まれるんじゃないかなって。早く見てみたいなあって。どうせなら早いほうがいいですよね?」

「なにがどうせなのかよくわからんのだが」

「だって、今から子供作ったら子供が高校生に上がる頃にもまだ二人とも三十代だし。若いパパママっていいですよね」

「何がどういいのかよくわからんし、そもそもどうして俺とお前が結婚した前提で話が進んでるんだ」


 呆れてものもいえない。

 いや、文句言うけど。

 ていうか食べる気がしない。

 どうしたもんだと、箸をおく。


 すると、


「あれ、会長って私以外の人と結婚したいと思ってます? ダメですよ、そんなことしたら私、会長をあのシュレッダーに無理やり突っ込んじゃいます」

「こ、怖いことを言うな。あと、あんなシュレッダーに俺が入るもんか」

「小指くらいなら巻き込まれる可能性、ありますよね?」

「ぞっ……」


 小指が巻き込まれるところを想像してしまって、寒気がした。

 それくらい神岡の目は死んでいた。

 腐っていた。

 病んでいた。


「会長、なんで食べないんですか? 愛妻弁当を食べない人なんて、おかしいですよ? あれれ、それとももしかして、私がいない間にここに誰か連れ込んでご飯もらっちゃいましたあ?」

「そ、そんなわけないだろ。ずっと出れなくて困ってたんだぞ俺は」

「困る? 困る理由がよくわかんないです。あれ、もしかして他の人と約束ありました?」


 ポケットから。

 ニパっと登場したのはニッパー。


「ま、待て……そ、そういう危ないものは閉まってくれ」

「会長、そういえば球技大会が無事に終わったらデートしていただけるというお約束は覚えてますか?」

「約束? いや、そんなものをした覚えは」

「いいえ、言いました。昨日寝ている会長に」

「いや、寝てたら無効だろ」

「有効です。会長も小さくうなずいてくれましたから」

「……」


 なんだそれ。

 寝てる相手に一方的に約束を取り付けるなんて、やくざでもそんなことしないだろ。


「というわけで会長、今日の放課後はデートですから。それまではゆっくりしててください」

「お、おいもう行くのか?」

「ええ、私はこの後準備がありますから。ご心配なく、会長の名に瑕がつくようなことはしませんので」


 神岡はさっさと生徒会室から出て行った。

 で、何かをガチャリと。


 すぐに確認したが、やっぱり扉は開かなかった。




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