第4話 ちゃんと許可はとってあるみたいです

「ただいま……」


 神岡の耳攻撃によって精魂尽き果てかけた俺は、フラフラのまま帰宅した。


 途中、神岡は家までついてきそうだったが、偶然にも彼女に電話がかかってきた隙に俺は逃げた。


 で、息絶え絶えの状態で玄関を開けたところである。


「はあ……」


 家族三人で暮らすには十分すぎる立派な一軒家。

 でも、ここに住んでいるのは俺一人だ。


 暗い話じゃない。

 両親は今、海外にいる。


 父が仕事で単身赴任ということなのだが、母は息子ではなく父の方へついていった。

 で、一人暮らし。

 仕送りはちゃんとくれるのでバイトをする心配はないが、炊事洗濯とすべて一人でやらねばならないのは結構な負担である。


 そんなふうにプライベートでも決して暇なわけではない俺だからこそ、今日一日神岡に振り回されて時間を無駄にしてしまったことに対し、イライラが収まらない。


「まったく……明日にはクビにしてやるからな」


 もちろん独り言だが、明日は同じことをあのメンヘラに言ってやる。

 可愛いからとか、少し胸が大きいからとか、足が長くて白くて細いのに柔らかそうだからとか、近づくと甘い香りがして脳が溶けそうになるからとかとか、そんなのは生徒会には必要ないんだ。


 書記の女子二人が入ったら彼女の能率が下がる?

 いや、お前がいると俺の能率がゼロになるってんだよ。


「とりあえず風呂だ。鬼の居ぬ間に洗濯というからな」


 風呂のお湯を張る。

 そして湯が溜まるまでの間に制服を洗濯機に放り込んで、夕食の準備もして。


 時間は無駄にしない。

 無駄にされた時間も、こうやって取り戻すしかないのだ。


 やがて、風呂が溜まるとすぐに浴槽へ。

 

「はあ、生き返る。ほんと、なんなんだあいつは」


 風呂場でさっぱりしても、気分は晴れない。

 ただ、愛くるしい笑顔も脳裏から離れない。


 神岡は美人だ。

 だから卑怯だというのもある。

 俺も健全な男子高校生であるからして、美人に言い寄られると弱いところはある。


 ただ、彼女の場合はちょっと異常である。

 だから逆に冷静でいられる部分があるというのも皮肉な話だが。


「……いかん、神岡のことばかり考えてる。出よう、そして早く飯食って勉強だ」


 さっさと体を洗って風呂を出る。


 基本的に自炊だが、食べることに頓着がないせいかいつも料理は簡素なものばかり。

 炒め物なんかをざっと作って胃に放り込む。

 今日も冷蔵庫にあるものでさっさと……。


「ん?」


 なぜだろうか。

 キッチンからいい匂いがする。

 甘い……これは生姜焼きか?


 いや、そういう問題じゃない。

 どうして誰もいないはずのキッチンから料理の音と匂いがするんだ。


 恐る恐るキッチンに続く扉へ近づくと、なにやら鼻歌が聞こえる。


「ふんふんふーん。えへへ、おいしくなあれ」


 聞き覚えのある声だ。

 ……ていうか、


「おい神岡、ここで何してる!」

「あ、会長。いえ、料理をですね」

「そういう話じゃなくてどうやって入ったんだ」


 神岡がエプロン姿で料理をしていた。

 おかしい、玄関に鍵はかけたはずだ。


「え、会長の部屋の窓が開いてたのでそこからですけど」

「……普通にめっちゃやばいことをサラッと言うな」


 そういや、換気するために部屋の窓はあけていたけど。

 二階だぞ、あそこ。


「えへへ、登るのに苦労したんですから」

「警察を呼ぶ。神妙にしてお縄につけ」

「な、なんでですか? もしかして生姜焼き嫌いですか?」

「献立が気に入らなくて警察呼ぶ奴がどこにいるんだよ。あのな、不法侵入だからこれ」

「え、ここって会長の家ですよね?」

「そうじゃなかったら普通に風呂あがりの俺もやばいやつだろ」

「それより生姜焼き、できたので食べてください」


 全然話を聞かない神岡は、皿に生姜焼きと刻んだキャベツを盛り付けて俺の前に出してくる。

 いい匂いだ。


「……いや、勝手に人の家に上がり込むような奴が作った料理なんぞ食べん」

「会長、どうしてそんなに私のことを拒絶するんですか……寂しいです」

「あ、いや、別にそういうわけじゃなくて……お、おい泣くなよ」

「悲しいです……会長が私を必要としてくれたから、こうして一生懸命頑張ってるのに、用がなくなったらポイだなんて……し、死ぬ!」

「ま、待て待て! わかったから、食べるからそのフォークをしまえ!」


 死ぬと言いながら、なぜか切っ先が俺に向けられたフォークに俺はへっぴり腰になりながら。


 神岡をなだめていると、ポケットのスマホが鳴る。


「……こんな時にタイミングが悪いな」

「会長、出てもいいですよ?」

「いや、いい」

「もしかして女ですか? だったら」

「だったらなんだよ。それに女は女でも母親だ。あとでかける」


 海外にいる母とは、何もなければ週に一度電話をして近況報告をしている。

 ただ、向こうから電話とは珍しいし、今日は電話をする日でもないはず。


 なにかあったのかな。


「……」

「会長、気になるのですか? 大丈夫、さっき会長がお風呂に入ってる間にとお話しましたが変わったことはないそうです」

「なんだ、それを早く行ってくれ……今、なんて言った?」

「だから、会長のスマホでお母さまと電話して、末永くよろしくお願いしますとご挨拶を済ませたと」

「なんだとっ!? お前、どうやってロックを解除した!?」

「会長のお誕生日は4月10日ですから、0410と入力したらビンゴでしたね」

「……ちょっと待ってろ。あと、絶対に一言も発するな」


 一度切れたスマホを手に取り、母親へかけなおす。


「もしもし」

「あら誠也、お風呂でも入ってた?」

「さっき、変な女から電話がなかったか?」

「変な女からはなかったわよ。紫音ちゃんですっけ? よかったわね、いい子そうじゃない。あなたの身の回りのお世話も引き受けてくれたし、合鍵も私の方から送っておくわね」

「ま、待て母さん。神岡はただのクラスメイトで」

「もー、そんなに照れなくてもいいわよ。誠也みたいなくそ真面目な子が何も理由なしに女の子を家に連れてきたりしないものね。母さんも安心だわ、あなたって全然女の子に興味なさそうだったから。それじゃ紫苑ちゃんによろしくねー」

「あ、おい、まっ」


 電話が切られた。

 

「……まじか」

「会長、お母さまってとても気さくないいひとですね。それに、ここの持ち主であるご両親の許可を得てるから、不法侵入にはなりませんよね?」

「ぐっ……」

「勝手に上がり込んだ女じゃないと、冤罪が晴れたところで会長、ご飯食べてくれますよね? よね?」

「た、食べるから、頼むからそのフォークを離してください」


 背後を取られて、フォークが俺の背中に少し当たっていた。

 ジ・エンド。

 このままブスリと刺されても死にはしないだろうが死ぬほど痛いに違いない。

 それに、勝手に人の携帯で人の親に電話するような奴は本当に刺しかねない。


 だから無駄な抵抗はやめておこう。


 参ったと言わんばかりに何度も首を振ってから、俺はそのまま食卓についた。

 

 

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