第2話 どの口をもって仕事に集中しろと言うのだ

「えー、在校生を代表して生徒会長、薬師寺誠也より、新入生へ挨拶させていただきます」


 桜舞う春の良き日。

 希望を胸に入学式に臨む新入生たちを前に、俺は生徒会長として最初の仕事を果たす。


「……在校生代表、薬師寺誠也」


 まあ、無難な挨拶になってしまった。

 というのも、本来であれば朝に原稿の最終チェックをして、気の利いた言葉の一つ二つ織り込みたいと思っていたわけだが。


「会長、お疲れ様でした。素敵でしたよ」

「あ、ああ。ありがとう神岡副会長」


 降壇した俺にタオルを持ってくる副会長こと神岡紫苑のせいで、そんな時間が一切なかったからである。

 朝の活動は、ほぼ雑談で終わってしまった。

 それに謎の人員削減も入ったし。


「会長、この後はお昼まで授業がありまして、午後からはフリーですね」

「しかし五月の連休明けには校内球技大会が控えてある。去年は誰が企画したのか、好き放題ボールを蹴ってるだけの老人の寄り合いみたいになっていたが、今年は種目選定からトーナメント表の作成、それに優勝クラスには報酬の設定など、決めることは山ほどあるぞ」

「はい、もちろん放課後は生徒会室で会長と二人、仕事に励むつもりですよ」

「……だと助かる」


 キラキラした彼女の目が見れない。

 見たらそのまま取り込まれてしまいそうなほど、彼女はまっすぐに俺を見つめてくる。

 でも、俺は神岡が可愛いからとかそんな理由で脇道に逸れている暇はないのだ。

 勉強、そして学校の再建。

 その両立のためには一分一秒、無駄にしている時間など……。


「会長」

「は、はい?」

「会長は、ご自宅はどのあたりですか?」

「なぜそれを今聞く?」

「いえ、おうち、近いのかなって」

「まあ、近所ではあるが」

「それじゃ、少し帰りが遅くなっても大丈夫ですよね?」

「……仕事で、だよな」

「仕事で、です」

「ふむ」


 それならどうしてそんなに赤面しているのだ。

 夜遅くまで仕事に励みましょうという言葉がそんなに照れくさいのだろうか。


「では会長、教室に戻りましょう」

「ああ、そうだ……そういえばクラス、おなじなのか?」

「はい、もちろん」

「もちろん?」

「あ、いえ。さっきクラス割を見ましたもので」

「ふむ」


 ただの偶然、というべきだろうが、しかし各学年八クラスあるわが校では、一緒のクラスにならないまま卒業なんてことも珍しくはない。

 だからこれが偶然なら奇縁と言えよう。


「会長、今日は大した授業もありませんし、企画書ができたら授業中にお渡ししますね」

「それはいいが席が離れていたらどうするつもりだ」

「大丈夫です、隣ですので」

「え、隣なの?」

「あ、いえ……隣だったらいいなと」

「ふむ……」


 そして教室に行くと、見事に俺の席は神岡の隣だった。

 いや、この場合俺の隣に神岡が来た、というべきなのか。

 これも偶然だというのであれば随分薄い確率を引いたことになるが。


「会長、一年間よろしくお願いします」

「ああ、よろしく」

「会長はお友達とか、たくさんいらっしゃるんですか?」

「いや、特には。去年は勉強ばかりだったからな」

「そうですか。ふふっ、よかった」

「よかった?」

「あ、いえ、こっちの話ですよ」


 言いながら神岡は嬉しそうだ。

 俺が一人ぼっちなことがそんなに嬉しいとは、失礼なやつだ。

 でも、これからはそうもいってはいられない。

 交友関係というのも、政治においては必要なこと。


 積極的にクラスの奴らと仲良くなろう。


「あ、生徒会長とクラス一緒じゃん。結構かっこいいよね」

「おーい、カイチョー」


 ほら、早速何人かの女子が俺の姿を見て騒いでいる。

 自分で言うのもなんだが、顔はそこそこいいほうだ。

 そんな俺に学年一位の秀才と生徒会長という肩書が上乗せされれば、補正がかかってかなりのイケメンに見えるはず。


 モテることもまた、リーダーとしての資質である。


「さて、皆の声援に応えに行ってくる……かはっ!」

「会長、どこに行くんですか? もしかしてあのメスたちの群れに寄っていこうとしてませんか?」


 席を立ってメス……ではなく黄色い声援をくれる女子たちの方へ向かおうとしたら、後ろからブレザーの襟をつかまれた。


「ぐ、ぐる、ぢい……」

「会長、ダメですよ? あんなメス豚共と群れてる時間は会長にはありませんもの。さっ、お座りになって勉強を続けてください」

「あ、あがが、じ、じぬ……」


 完全に神岡の締め技が決まっていて、俺は三回彼女の手をタップ。

 すると、うっかりしてましたって感じに神岡はさっと手を離す。


「あ、ごめんなさい会長、つい」

「げほげほっ……つい、で殺されたんじゃたまらんわ!」

「でも、会長ったら積極的ですね……」

「な、なにが?」

「だって……苦しい中でも私の手を握ろうとしてくれたじゃないですか。私、男の人に触られるの、初めてでドキドキしちゃいました。ああ、どうしましょ、このまま今日のうちにあんなことやこんなことまで……や、やだ、会長ってほんとえっちなんだから」

「……」

「で、でも私は大丈夫ですよ? あ、そうだ。生徒会室にはベッドが必要ですね。あと、前年度からの繰り越し金でシャワールームを新設しましょう。ええ、夏は蒸れますからね……で、でも蒸れ蒸れの暑い部屋の中で会長と獣のように絡み合うのもまた……や、やだ、会長ったら、はしたないですよ」

「おーいもどってこーい」


 なんか妄想を爆発させて妄言を炸裂する神岡は勝手に燃えていた。

 頬に朱を注ぐ、なんてきれいに表現できないほど真っ赤っかになっていた。


 あと、勝手にベッド搬入とかシャワールーム設営とか絶対だめだから。

 どこの学校が生徒会室にそんなもの置いてるというんだ。


 ああ、前途多難だ。


 放課後、来てほしくないなあ。

 

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