生徒会長になったんだけど、副会長に任命した学校屈指の秀才美女が病んでいて仕事にならない件

明石龍之介

第1話 たしかに君が必要だと言ったのは俺はだけど

 この学校は廃れてきていると、入学してすぐに俺はそう確信した。


 校長先生のありがたいお言葉を一切聞かず私語に熱心になる奴ら。

 体育会はどの部も弱小で、勧誘も全く積極的ではない。

 そして進学校ではあるものの偏差値だって年々下がり続けている。

 

 ただ、のんべんだらりと学生生活を満喫して、三年経てば勝手に卒業。

 適当な大学に進んで、そのあとは知ったこっちゃないといった空気が蔓延する、私立今西学園に入学したことを後悔した俺は、何度か転校を考えたりもした。


 ただ、ここに来たことには理由がある。

 尊敬する両親のかつての学び舎。

 昔は県内随一の進学校で、野球部は何度も甲子園出場を果たすなど文武両道で知られた名門校。

 両親はここの卒業生ということを誇りに思っているし、俺がここを卒業することを願っている。


 なので辞めるわけにもいかない。

 ただ、自らが通う学校は、せっかくならかつてのように誇れる学校であってほしい。

 だから立て直す。

 俺が、この学校をかつての名門校に戻してやると。


 入学してから一年間、ひたすら勉強をした。

 まず、知名度を上げるため。

 運動が苦手な俺にとって、武器は勉強しかない。

 学年一位を取り続け、知名度を上げて、皆に認められる存在へと自身を引き上げた。

 そして、年度末に行われる生徒会選挙に一年生ながら立候補し、見事その座を勝ち取った。


 春の新学期から、二年生にして生徒会長になる。

 俺は意気揚々と、芽吹く桜のつぼみの開花を待った。



「失礼します」

 

 新学期初日。

 朝早くに学校に到着すると、校舎四階の中央にある生徒会室の鍵を開けて中に入る。


 まだ、誰も来ていない。

 ただ、これから新しい生徒会メンバーたちが続々とやってくることになっている。


 副会長と、書記二名。

 

 書記の二名はそれぞれ学校の先輩を選任した。

 というのも理由は簡単で、去年から生徒会の書記をしていた二人にそのまま仕事を続けてもらうよう依頼している。

 経験者の存在は必須だ。

 確か鈴木さんと加藤さんというきれいな女性だった。


 そして副会長だが、こちらは俺の独断と偏見で選任させてもらうことにした。

 神岡紫苑かみおかしおん、学校随一の秀才美女である。


 切れ長の二重瞼の奥にあるきれいな黒い瞳。

 そして出るところは出て締まるところはきゅっとしまった抜群のスタイル。


 まあ、言うまでもなく圧倒的な美女である。

 少し赤みがかった髪を後ろで高く結って、前髪はちょうど眉毛にかかるくらいの長さに揃えてある。


 まあ、一目見た時から美人だというのは知っていたけど。

 俺が彼女を欲したのはそんな理由ではない。


 まず、根本的に頭がいい。

 毎日睡眠時間を三時間に設定し、地獄のような努力で一位を勝ち取ってきた俺のすぐ後ろに、いつも彼女はつけている。

 きっと努力家なのだろう。

 生徒会では勉強と業務の両立が必須。だから勤勉であろう彼女は適任だ。


 そして数学や物理、英語なんかは俺の方が上だが、国語や社会科においては彼女の方が点数が高いと聞く。

 それもポイントが高い。

 これから俺が目指すのは学校の立て直し。

 いわばまつりごとなわけだ。

 だから演算能力や物理の法則に詳しい理系より、演説の原稿作成やイベントの企画書を作成するときに助力してもらえる人物がよかった。


 やはり適任だと、そう確信している。

 彼女が一度、勉強のし過ぎで風邪をひいて喉を枯らした俺に代わって学年代表として二学期の終業式で読み上げた冬休み中の活動指針などは、素晴らしかった。


 あれを聞いてからずっと、彼女を俺の右腕にしようと決めていた。

 そして念願叶ったというわけだ。


 ちなみに初めて話したのは三学期の終業式の後。

 

 一人で帰ろうとしている神岡を捕まえて、俺は生徒会副会長になるようお願いした。

 口説き文句はシンプルに、「君が必要だ」と。

 うーん、我ながらスマートな勧誘だった。


 俺の有無も言わせぬ一言に照れながらも、「はい」とお淑やかに返事をしてくれた彼女はきっと、毎日勤勉にここで働いてくれることだろうと期待している。


 期待は膨らむばかり。

 

 さて、そろそろ誰か来てもいいころだが。


「失礼します」


 ちょうど、そんなことを思っていた時に部屋に人が入ってきた。


「あ、おはようございます神岡さん」

「……おはようございます」


 噂の神岡紫苑だ。

 今日も相変わらず綺麗にまとめた髪をサラッとなびかせて、大きな目でこっちを見つめながら……見つめながら?


「じー」

「あ、あの、神岡さん? 俺の顔に何か」

「い、いえ。会長、今日は一段と決まってますね」

「そ、そうかな。一応初日だから髪をセットしてみたんだが」

「かっこいい……」

「ん?」

「い、いえ。始業まで時間ありますから、資料の整理でもしましょう」

「あ、ああ」


 なんだろう、熱い視線を感じる。

 いや、これは彼女も生徒会の仕事に燃えている証拠か。

 うむ、やる気のある人材であってくれて本当によかった。


「そういえば神岡さん、他の二人は?」

「え、書記の方々ですか? いらないので辞めてもらいましたけど」

「ああ、そうかそうか。それは仕事が早くて助か……今なんて?」

「書記の先輩方は邪魔なので始末しましたと言ったのですが?」

「え、こわっ! いやいやなんで? なんで邪魔なの?」

「だって……会長が必要なのは私なのでしょ? だったら他の俗物達は必要ありませんものね」


 にっこりと。

 なんら悪気のない純真無垢な笑顔を向けられる。

 そして俺は顔がひきつる。


「……あの、神岡さん。一応確認なんだけど、ここには仕事をしにきたんだよね?」

「はい、そうですけど」

「……仕事をするなら、人数は多いほうがいいと思うのは俺だけなのかな?」

「無能は何人いても足手まといにしかなりませんし。それに、他の女子がいることで私の作業能率が下がるのは生徒会においてもかなりの損失なのでは?」

「まあ……でも、なんで他の女子がいたら作業能率が下がるんだ?」

「もう、そんなの聞かなくてもわかってるくせに……会長のえっち」

「……」


 なんだろう、俺は幻でも見ているのだろうか。


 目の前にいるのは確かにあの秀才、神岡紫苑のはずだが、どう見てもただのメンヘラ女にしか見えない。

 話に聞く彼女は常に冷静沈着、男遊びなんて皆無で女子とすらろくに話さない孤高の存在と聞いていたが……。


「会長」

「は、はい」

「会長は、あの書記の方々がいてほしいと、そう思ってるんですか?」

「いや、まあ二人とも去年から生徒会にいるし。経験者って大事じゃないかと」

「会長は経験がおありの方のほうが好きなのですか?」

「ん、何の話?」

「いえ……でも、私はまだ未経験ですよ?」


 ポッと顔を赤くする神岡は、少し上目遣いでちらりと俺を見る。

 まあ、経験がないことは承知で君を選んだんだけど……どうも話がずれてる気がしてならない。


「と、とにかくだな。これから多忙な業務と勉強の両立をしていかねばならないわけで、そのためには二人だと人材不足だ」

「私、会長のためになら身を粉にして死ぬ気で働きます。でも、他の女子を誘うというのなら会長と一緒に死にます」

「いやなんか極端すぎない!?」

「私、不器用なんです……」


 また、顔を赤くしてもじもじしていた。

 でも、可愛く言われてもなあ。


「と、とにかく書記の話は一旦置いておこう。まずは」

「いえ、まずははっきりさせてください。あの書記二名と私、どっちを選ぶかを」

「な、なんでそんなものを選ぶ必要があるのかな?」

「会長、私が必要といったお言葉は嘘だったのですか?」


 席を立ち、俺の前に来て端正な顔をグイっと寄せてくる神岡からは、甘い香りが漂ってくる。

 香水なのか、それともシャンプーの香りか。

 とにかくいい匂いがやばい。

 そして顔が近い……。


「……か、神岡さんが必要なのは、嘘じゃないよ」

「ほんとですか? では、会長は私を選んでくれたと、そう理解していいのですね」

「……はい」


 彼女から放たれる香りは俺の思考を狂わせる。

 ていうかあんな状況で正常な判断なんかできるかと言いたい。

 あっさり、神岡さんの言われるがままに返事をしてしまった。


「では、今日からこの生徒会は二人で運営することに決まりましたね。改めてよろしくお願いします、薬師寺会長」

「あ、ああ、よろしく。神岡副会長」

「ふふっ、放課後が楽しみですね」

「……」


 放課後は不安だった。

 前途洋々とした俺の新学期は、波乱の幕開けとなってしまったようである。


 

 


 

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