第5話
「何があった?」
オヤジなんかに面と向かって聞かれて、本当のところ言いにくいけれど、せっかくの機会だ。
「きっかけはたいしたことじゃない。お母さん、私と美沙が里帰りすることになったから、仕事はセーブしたんだけど、忙しい日もあってさ、で、私がオムツの洗濯してたらさ、その間に美沙がギャンギャン泣いてさ、そこに帰ってきたお母さんに、『あんた、母親のくせに美沙のことをほったらかして何してんの。』って怒鳴られてさ、こっちも産後で、半端なく気がたっててさ、それまでも色々あったんだけど、プッツン切れたわけ。で、まーくんに迎えに来てくれるように頼んで、自分ちに戻ってきた。あの人との同居は無理だわ。一ヶ月でギブアップだった。」
オヤジはフーッとため息をついた。
「大丈夫?もう辞めようか?慣れないことをしたら、幽霊でも、ストレスで胃に穴があくかもね。」
意地悪く言ってやったが、オヤジは真面目な顔で聞いてくる。
「よくわからないが、なぜ、お前がオムツの洗濯をしたんだ?今時、紙オムツじゃないのか?」
「そうだね。でも、布オムツ派はそれなりにいるみたい。オヤジ、忘れたかもしれないけど、あの人はベビー用品の会社に勤めているんだよ。自社製品の布オムツ、大量に買ってさ。」
「すごい愛社精神だな。」
「オヤジ、やっぱりわかってない。あの人にとって、自分が勤めている会社は『神』なんだよ。」
「どういうことだ?」
「私が小学校三年生の時、パートで雇ってもらって、三年後に正社員にしてもらったんだよ。まあ、三十代半ばの女性がよく正社員になれたと思うけど。それからはあの人にとって会社が自分の大事な居場所。それはいいんだけど、あの人の価値観まで押し付けられたらたまんない。自然なお産のために助産院を選べ、赤ちゃんには母乳が一番、布オムツが赤ちゃんにも環境にもいいとか。あの人、すっかり、社長と周りの社員に影響されてさ。」
「全部、言うことを聞いたのか?」
「まさか、そんなわけないよ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます