第7話ダンジョンボスでも大家に勝てない

「やーちーんーをーはーらーえー」


 骸骨の騎士たちを握り潰し、ゴブリンの群れを蹴り飛ばし、オークの一団を引っぱたいてねじ伏せる。


 現在位置は地下二十三階層。


 確か北方洞窟は地下四十階だと聞いたことがあるので、もう折り返しというところか。


「まだ下層に入っていないから仕方ないとはいえ、高く売れそうな素材を剥ぎ取れる魔物に当たらねえな。まったく、これじゃ家賃の足しにもならん」


 家賃を踏み倒そうとする悪逆の徒に対する正義の怒りを燃やしつつ、俺はダンジョンを踏破していく。


 愚痴りながら次の階層への階段を探していると、不意にやたら広い空間に出た。


 その真ん中に、俺が追いかけていた小柄な少女の姿が見える。


「うおっ、本当に来おったぞ……」


 彼女は心なしか顔が青ざめており、俺と目が合うなりビクッと身体を震わせていたが、まあ些細なことだ。


「ステラ! ようやく見つけたぞコラ! せっかく実家に逃げ帰ってきたんだし家賃は用意したんだろうな!」


「ふ、ふん! そんなもの用意しとるか! 貯金は既に使い切ったしの! 家賃なんかより自分の身の心配をせい! ここは我の本拠地、部下たちも山ほどいるんじゃからな! 出でよ! 我が忠実なるしもべ!」


 ステラが呼びかけると、通路の闇から大量の魔物が溢れてきた。


 途端に、肌をビリビリ打つような威圧感に襲われる。


 火竜、吸血鬼、人狼、オーガ。


「こ、これは……!」


 俺は思わず目を見開いて愕然とする。


 どれも単体で町一つ滅ぼすと呼ばれるような強力な魔物の群れだ。


「ふ、ふっはははは! これが四方ダンジョンの最難関、北方洞窟ダンジョンの本気よ! 我だけならまだしも、これほどの魔物たちを揃えられてはいくらお主とてひとたまりもあるまい!」


 なんかやけっぱちっぽいテンションで口上を叫ぶステラ。


 だが、俺はそんな言葉もろくに聞こえないほど、目の前の光景に震えていた。


「これほどの魔物を集めるとは……ステラ、お前……!」


 予想外の事態に、俺の震えは更に増す。


「お? い、いけそうかの? いけそうじゃの! さすがのお主もこの魔物たちには驚いたようじゃな!」


 震える俺を見て何を思ったのか、ステラは調子づいたように笑みを浮かべた。


「ああ、驚いたよ」


 頷いて、俺もステラに最高の笑みを返す。



「これだけ高い素材を剥げる魔物たちを用意してくれるなんて! こいつらを家賃代わりに支払うってことだよな!?」


「この状況をそう受け取る!?」




 ステラが愕然としていたが、もう俺の目には財宝の山にしか見えていない。


「いやあ、これだけの金づるが揃い踏みなんて、なかなか見られるもんじゃないぞ。普段なら冒険者の取り分を奪うような真似はしないが、家賃の回収はあらゆる法や倫理より優先される。全員もれなく素材にしてやろう!」


「どうやったらこいつの心を折れるのじゃ!? もはや存在がホラーなんじゃが! え、ええい! かかれ! 大家を倒せ!」


 ステラの指示によって飛びかかってくる魔物たち。


 俺も待ち受けることなく、自分から魔物に突進していった。


 最初の標的な火竜。


 爬虫類独特の目がこちらを捉えた瞬間、敵は思いっきり口から炎を放ってきた。


 火竜特有の竜の息吹ドラゴンブレス


 鋼の鎧ごと冒険者を燃やし、溶かし、炭に変えるということで恐れられている火炎放射だ。


「ふはははは! いい火力だ! これだけ成熟した竜なら素材も高く売れる!」


 獲物の上物っぷりに笑いを零しながら、俺は炎の中を突っ切って火竜の眼前に飛び上がってみせる。


 そうして顎を蹴り上げて無理やり口を閉じさせると、溢れた火炎が火竜の口の中で爆発した。


 起き上がろうとした火竜の頭に拳骨を入れて気絶させながら、俺は皮算用を始める。


「ねえ、なんであいつ火傷一つ負ってないんじゃ? ていうか服すら燃えてないのはどういうことじゃ? もはや怖いっていうより純粋に引くんじゃが!」


 ステラの妄言を軽くスルーしながら、俺は残りの魔物たちに襲いかかる。


 吸血鬼を壁に叩きつけ、人狼の顎を砕き、オーガの鳩尾を殴って沈ませた。


「さて……残り一人か」


 呟きながら振り返ると、ステラはビクッと肩を跳ねさせた。


「わ、我からはたいした素材を剥げないぞ! 身体はほとんど人間みたいなもんじゃし!」


「そんなのは剥いでから考えればいいことだ」


「鬼か!」


 じりじりと後ずさるステラ。


 こいつはダンジョンボスだけあって素早さが高い。


 またさっきみたいに逃げられたら面倒だし、どうするか。


 と、その時だった。


「おっと、そこまでです!」


 ダンジョンの奥から、新たな声が響く。


 声のしたほうを見ると、銀色の髪と青い目をした少女の姿があった。


 人間……じゃなさそうだ。


 ステラと同じく人間よりの生態だが、恐らくは魔物だろう。


「ナターシャ! よく来た!」


 さっきまで怯えていたステラは、表情を明るくして新たな登場人物を歓迎していた。


「ふっふっふ! どうやら間に合ってしまったようですね! せっかくもっとマシなダンジョンボスを迎え入れるチャンスだったのに、それを不意にしてしまった自分の有能さが憎いです!」


「不本意な感じを出すな! 救いに来た相手を邪険にするってどういうことじゃ!」


 文句を言いつつも、ステラはナターシャと呼ばれた少女の元へ駆け寄る。


 見たところ強力な魔物のようだが、俺を脅かすほどじゃない。


 が、ナターシャから溢れるこの自信はなんだ?


「そこの人間。まずは貴方の名前を聞きましょうか」


 ナターシャはステラを背中に庇いながら、堂々と俺と相対する。


「メルクリオ・クライス。お前んとこのボスが住んでるアパートの大家だ」


 警戒しつつも名乗りを上げると、ナターシャはどこか冷淡な表情で俺を見やった。


「クライスさんですか。どうやらうちのダンジョンで随分と好き勝手やってくれたようですね。ミュゼルドラの大家はダンジョンには不可侵だと聞いていましたが? 他の大家とご近所トラブルになりますよ」


 どうやら世間知らず丸出しのステラと違い、部下のほうは多少なりとも人の世に精通しているらしい。


「ふん。確かに通常なら問題になるだろう。大家がダンジョンの資源を搾取しないのは法より固い暗黙の了解だからな。けど、家賃の回収となれば話は別よ。大家にとって家賃は世界の滅亡よりも重いものだ」


「倫理観が破綻しておるな」


 魔物のステラが呟くが、金を持っていないお子様の戯言はスルーだ。


「ふっ……ええ、確かに大家たちの掟ではそうなっているのでしょう。けど、メルクリオ・クライス。貴方は一つ、重大なミスを犯しました。罠に掛かったと言い換えてもいい」


 そうしてナターシャは不敵な笑みを見せる。


「ほう……興味深い発言だな。お前ら二人がかりで俺をどうにかできるとは思えないが」


 依然、戦力は俺のほうが圧倒的に上。


 この状況を覆すだけの手立てがあるとは思えない。


 それでもナターシャは余裕の表情を崩さなかった。


「もちろん、私たちでは貴方を倒すことはできないでしょうね。しかし――貴方を倒すのは私たちではなく、貴方たちの掟。これを見なさい!」


 そうして彼女は、懐から何かの紙を取り出し、俺に見せつけてきた。


 一瞬、魔法を封じ込めた呪文書スクロールかと思ったが、そうじゃない。


 そこに書いてあったのは――。


「……北方洞窟ダンジョンの権利書?」


 人間のものとは明らかに様式が違うが、まず間違いないだろう。


「これがどうかしたか……いやまさか!?」


 それを読み進めるうち、俺は衝撃の事実に気付いて目を見開いた。


 ナターシャがにやりと笑う。



「そう。ご覧の通り――この北方洞窟ダンジョンの権利者は私ことナターシャ・バルーンなのです! ステラ様は単なる雇われダンジョンボス! よってこのダンジョンにステラ様の財産など一切ありません!」



「馬鹿な……! おいステラ、どういうことだ!? あんなにイキってたのに、ただ雇用されてるだけの存在だったのか!? お前、事業主じゃないじゃん! 社員じゃん! あんなに自分がボスだってイキってたのに!」


「う、ううううううるさいわい! 別に我は嘘なんか吐いてないし! 雇われとはいえダンジョンボスだし!」


 顔を真っ赤にして反論してくるステラ。


 恥じる上司を庇うようにナターシャが間に入る。


「分かりましたか? 私がダンジョンを受け継ぐ際、部下の力不足を感じて強力な魔物であるステラ様をボスとして雇用したのです。つまりメルクリオ・クライス、貴方がこのダンジョンで行った一連の家賃回収行為は、大義の通らない侵略に他ならない!」


「ぬぐっ……!」


 ナターシャの完璧なロジックに、俺は思わず呻く。


 確かに、ステラの財産を差し押さえるという当初の目的は完全に破綻した。


 よって、今日ここで俺の行ったことは大家の裁量を超えた行為。


 事が明るみになれば、他の大家と揉める可能性が高い。


「さて、どうします? このまま証拠とともに映像を町で流せば、貴方は大家として大打撃を受けるはずですが」


 ナターシャが更なる追撃を掛けてくる。


 思わず顔が引きつるが……幸いにも、まだ致命的な状況には陥っていない。


「恐ろしい女だ。けど、仕掛けるのが一手早かったな。現状、俺はまだ家賃を踏み倒した住民の追跡と正当防衛しかしていない。素材を持ち帰らずにダンジョンを出れば、ギリギリで言い訳は立つだろう」


 ナターシャは俺が素材を持ち帰ってから証拠を流すべきだった。


 そうすれば、俺は全く言い逃れができなかったのに。


「でしょうね。ただ、そうなる頃には貴方がダンジョンの魔物を全滅させている可能性がありましたから。私の第一目標はダンジョンの防衛。貴方を倒すことでも、敵対することでもない」


 合理的なナターシャの言葉に、俺は彼女の本意を察した。


「……なるほど。であれば、お互いに交渉の余地はあるな」


「ええ」


 ナターシャは頷くと、自分の背中に隠れていたステラの首根っこを掴んだ。


「な、なんじゃ?」


 事態を飲み込めていないであろうステラを、ナターシャはこっちに差し出してくる。


「では、ステラ様を貴方に引き渡すことで手打ちということで」


「乗った」


 差し出されたステラをしっかりと受け取り、俺は頷いた。


「ちょっ……ちょっと待て! どういうことじゃ!? ナターシャ! お主は我を助けに来たのではないのか!?」


 これに慌てたのはステラである。


「何を言っているんですか、ステラ様。私は最初から『ダンジョンを守る策ならある』としか言っていませんよ。そのためにはステラ様を引き渡すのが手っ取り早いかと」


「……確かに! 我を守るとは一言も言っておらぬではないか! ちょっと待て、ということはお主、最初から我を見捨てる気だったんじゃな!?」


「そうなりますね」


 さらりと頷くナターシャ。


「なんじゃとー!?」


 すさまじい叫び声を上げるステラだが、ここに彼女の味方はいない。


 こうして、容疑者の身柄引き渡しは完了した。


「安心してください、ステラ様。貴方がこれからどんな目に遭おうと、私と新しいダンジョンボスの方でしっかりやっていきますから」


 俺に首根っこを捕まれたステラを見て、ナターシャは清々しい笑みを浮かべる。


「その見送り方はやめろ! 部下としてもうちょい我に対して何かできることを探せ!」


「できること……あ、葬儀はどうします?」


「死後の話じゃなく! 我は生き延びる気満々だからね!」


 不躾ではあるが、こっちにも関係ありそうなことだったので俺は口を挟むことにした。


「葬儀はこっちで執り行うから心配するな。素材をはぎ取ったらちゃんと供養する」


「急に死刑宣告が来た!? 不意打ちすぎて全然心の準備できてないわ! いーやーじゃー! 本当に嫌じゃ!」


 俺に掴まれたまま往生際悪く暴れるステラ。


 その甲斐あってか、彼女はすぽんと俺の手から抜け出した。


 が、逃げ切れないと分かっているのか、ステラは走り出すこともなく俺に向き直る。


「頼む! もう一度だけチャンスをくれ! 心を入れ替えて働くから!」


「賭け事で破産した奴はみんなそう言うんだよ。そしてみんな自分で言ったことを守れないもんさ」


 問答無用で首根っこを掴まえ直すも、ステラは抵抗をやめない。


「いや本当に誓うから! そうじゃ、なんならお主の下で働く! それなら監視もできるし給料もそっちで管理できるじゃろ! な!?」


「駄目。隙を見て脱走とかされたら困るし、知り合いのところに匿われたら見つけるの面倒だからな」


「知り合いなんかおるかあ! こちとらこのダンジョンに来てからずっと引きこもりじゃ! ナターシャ以外に当てなどない!」


「悲しいことを大声で言う奴だな……」


「ほっとけ!」


 思わず憐れんでしまう俺を睨んでくるステラ。


 と、それを好機と見たか、ナターシャが援護射撃をしてくる。


「そうですよ、クライスさん。ステラ様は可哀想な子なのです。家賃を払わなかったのも悪意があったのではなく、ほんっとうに世間知らずだったから。ずっと引きこもってばかりいて友達もおらず、他者と交流をしてこなかったから自制心も育たなかったのです」


「おいこらナターシャ! 言い過ぎなんじゃが!」


「なるほど……それなら確かに情状酌量の余地はあるかもしれんな」


「大家ぁ! 今ので納得するな! すごい可哀想な子なのが確定路線みたいになってるんじゃが!」


 きゃんきゃん吠えている憐れなダンジョンボスをスルーして、俺とナターシャの会話は続く。


「どうでしょう? ここは子供のミスとして、更生の機会を与えてみるというのは」


「二百歳! いつも言ってるけど我二百歳だから! この中の誰よりも年上!」


「よし、引き受けた。良識ある大人として、可哀想な子供を放っておくわけにはいかないからな」


「ツッコミどころが多い! 何一つ事実がないんじゃが!」


 話がまとまったところで、俺はステラを小脇に抱え、ダンジョンから出ることにした。


「そうと決まれば帰るぞ、ステラ。保護者としてきっちり教育してやろう」


「嫌じゃ! この許され方は非常に不本意! いっそ殺せ! こーろーせーよー!」


「命を粗末にするな。お前には無限の可能性があるだろ……労働力として」


「最後のちょい足しのせいで、まるで未来に希望を感じない!」


「ではステラ様、ダンジョンは私にお任せください。お元気で~」


 ひらひらと手を振るナターシャの見送りを受け、俺たちはダンジョンを後にする。



 こうして、この日から俺に死んだ目をした部下ができたのだった。

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ダンジョンボスでも大家に勝てない 三上こた @only_M

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