第6話ダンジョンボスでも部下に勝てない

 数十分後、北方洞窟ダンジョン最奥部にて。


「ナターシャ! ナターシャはおるか!?」


 一週間ぶりの帰宅を果たしたステラは、部屋に入るなり鬼気迫る表情で腹心の部下を呼んだ。


「あらステラ様、帰ってきてたんですか。意外と長い家出でしたね」


 仕事中だったのか、手元の書類を見ていたナターシャが、のんびりと顔を上げた。


「落ち着いてる場合じゃないぞ! 大変なことになったんじゃ!」


「いったい、どうしたんです? あ、分かりました。おねしょですね? そしてそれを誤魔化すためにここに戻ってきたと」


「子供か! 我、二百歳だぞ!」


「それだけお年を召していれば、逆に漏らしても不思議じゃないでしょう」


「いやそうじゃが……そういう話じゃなく! あと二百歳は魔物の中では若手じゃぞ!」


 聞き捨てならない部分だけ訂正して、早くも本題に入る。


「今すぐ厳戒態勢を敷くんじゃ! とんでもない化け物に遭ってしまった!」


「厳戒態勢? この北方洞窟ダンジョンで? もしかして他のダンジョンのボスとでも揉めたんですか?」


「そんな可愛いもんじゃないわい! 相手は人間じゃ! いやもはやあれを人間と呼んでもいいのか分からんが! とにかく、とんでもない化け物なのじゃ!」


 ステラの説明を聞いて、ナターシャは訝るように眉根を寄せた。


「とんでもない強さの人間……まさかステラ様、あの町の大家に喧嘩を売ったんじゃないでしょうね?」


「いやまあ、そのまさかなんじゃが……」


「なんてことを……!」


 ナターシャは青ざめ、頭を抱えた。


「し、知っておったのか? 大家が冒険者よりも強いことを」


「ええ、常識です。むしろ、ステラ様が知らなかったことが驚きですね。これだからお飾りの名ばかり管理職は使えないのです。この部屋に引きこもって呼吸してるだけの存在だった頃のほうがまだマシでしたね」


「ボロクソ言い始めたな!?」


「そりゃ言いますとも。よりによって大家なんていう厄介者を連れてくるとは何考えてるんですか」


「いやだって大家が冒険者より強いなんて誰も想像せんじゃろ! というかなんで冒険者より強いのに大家なんてやってるんじゃ! ダンジョン潜れよ!」


 今更ながらの疑問にぶち当たるステラであった。


「ステラ様、こういう話をご存じですか? 昔、ある町の近くで金山が見つかった時のことです。町はゴールドラッシュに沸き立ち、よその土地からも一攫千金を夢見た炭鉱夫たちが集まったと」


「なんじゃいきなり。いやまあ夢のある話じゃが」


 いきなり関係ない話をし始めた部下に戸惑いつつ、一応ちゃんと話を聞くステラである。


「でしょう? けど、一番儲けたのは金山に潜った炭鉱夫ではなく、その炭鉱夫にスコップを売った商人だったのです」


「そ、そうか。面白い話じゃが、なんで急にそんな話をしたんじゃ」


 ナターシャは部屋の隅に置いてあった水晶を執務机の上に置きながら、察しの悪いステラに一つ溜め息を吐いてみせた。


「つまり、この町の大家がダンジョンに潜らない理由も同じなのですよ。ダンジョンという資源を自分で食いつぶすより、ダンジョンに向かう冒険者に宿を貸したほうが儲かると」


「……おお、なるほど!」


 納得したとばかりにぽんと手を打つステラ。


「ようやく分かりましたか。なので、あの町の大家たちは暗黙の了解の下、基本的にダンジョンに対しては不可侵を貫いているのです……家賃を払わない住民がダンジョンに逃げ込みでもしない限りは」


「うぐ……」


 チクッと言葉の棘を刺され、胸を押さえるステラ。


 が、ナターシャも責めても無駄だと思ったのか、それ以上の小言はやめて水晶に手を当てた。


「とにかく、ダンジョン内の様子を見てみましょう」


 彼女の意思に呼応したか、水晶がぼんやりと光ると、北方洞窟の様子が映し出された。


『やーちーんーをーはーらーえー』


 瞬間、地獄の底から響いてくるような声が聞こえてきて、ステラは思わず身を竦ませた。


 水晶の中では、何の装備もない素手のメルクリオが、我が物顔で北方洞窟内を闊歩している様子が映し出されている。


「現在位置は地下七階ですか。並の冒険者であれば一人でこれ以上潜ることは難しいってラインですね」


 自分のダンジョン内のこともあまり把握していないステラに解説しているのか、そう呟くナターシャ。


 が、彼女の解説とは裏腹に、大家の進撃は止まらない。


 そんな彼の前に、剣と盾を装備した骸骨の騎士の群れが現れた。


『クケケケケ!』


 骸骨の騎士たちは骨を鳴らすような不気味な笑い声を奏でながら大家を囲んでいく。


「ドクロナイトの群れ、中層最強の一団ですね。上位の冒険者でもこれほどの数に囲まれれば無傷で逃れることはできませんよ」


 息を呑むナターシャ。


『ケケケケー!』


 次の瞬間、間合いに入ったメルクリオに、ドクロナイトたちが一斉に襲いかかった。


『やーちーんーをーはーらーえー』


 が、メルクリオはまるで意に介することもなく、近くにいたドクロナイトの頭を無造作に掴み、握力だけで粉々に砕いてみせた。


 続いて剣を振り下ろしてきた個体の腕を握ると、やはり粉々に潰してみせる。


 更に後ろにいた骸骨の首を再び握力で砕き、捨て去った。


 それを繰り返すこと一分。


 数十体いたドクロナイトの群れは、一人残らず討伐された。


「……握力だけで中層最強の魔物の群れを壊滅させましたよ。あれ本当に人間ですか?」


「だから化け物だと言ったじゃろ!? 倒せないまでもせめて手傷を与えるのじゃ! 出し惜しみせずに総力をつぎ込め!」


「はあ……仕方ありませんね。まったく、こんなことになるなんて。やはり私の教育が悪かったのかしら?」


「迷惑かけて申し訳ないけどお母さんのスタンスはやめろ!」


 ステラの抗議をさらっと受け流しながら、ナターシャは魔法でダンジョン内の魔物たちに指令を出す。


「ダンジョン内の全ての魔物に告ぐ。総員、第一級警戒態勢。内部に侵入した人間を始末しなさい」


 指示を終えると、ナターシャはステラの襟首をむんずと掴んで部屋の入り口まで引きずっていった。


「な、何をするのじゃ!」


「いや、ダンジョンボスなんですからステラ様も迎撃に向かってくださいよ」


「嫌じゃ! あんな化け物に敵うか! 手首のスナップだけで大岩をぶん投げる意味不明の生物じゃぞ!」


「だからこそ最強の駒を投入するんですよ。出し惜しみせずに総力をつぎ込めって言ったの貴方でしょう?」


「しまった! ちょっと我を戦力と見なすのやめてくれんかの! お飾りの名ばかり管理職じゃし!」


「聞こえません。はい頑張って」


 抵抗虚しく、ステラは部屋の外にぽいっと捨てられてしまう。


 すぐに部屋に戻ろうとするが、扉が頑として開かない。


「あ、鍵掛けおったな!? この人でなし!」


「人じゃなくて魔物ですからねえ、私。じゃあダンジョンボスとして最期の仕事を頑張ってきてください」


「我が死ぬ前提で話すのやめてくれる!?」


「文句言わずに自分の持ってきた厄介事は自分で処理してください。まあこっちもダンジョンを守るための策はあるので、頑張って生き残れば間に合うかもしれません」


「ほ、本当じゃな!?」


「ええ、私を信じてください。それに万が一のことがあっても大丈夫です。ステラ様の仕事は元々ないに等しいですからね。新しいボスへの引き継ぎとか必要ありませんし」


「全然大丈夫じゃないんじゃが! ねえやっぱ開けて! 助けて!」


「私はステラ様を信じていますよ。ではもしも生き残ったらまた会いましょう」


 容赦ない部下の仕打ちに、項垂れるステラだった。

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