第5話ダンジョンボスでも賭博に勝てない

 闘技場が一番盛り上がるのは、日が沈んでからである。


 魔法の光で幻想的に輝く場内で、戦士や冒険者、時にはダンジョンから連れてきた魔物たちが身命を賭して戦う姿は、荒々しいこの町でも最大の娯楽だ。


「フードを被った美少女剣士……もう夜の部に出てるのか」


 場内では、全身を隠すローブに身を包んだ小柄な剣士が、華麗な剣で敵を翻弄していた。


 夜の部は酒類も販売するし、酔った勢いで賭け金も大きくなる。


 なので、それに見合う人気戦士しか参加できないが、彼女は朝の部から早くもここまで昇格したらしい。


 ――まあ、今日の俺の狙いは彼女じゃないが。


「やれー! そこじゃー! あ、避けろ避けろ! 今じゃ!」


 特徴的な甲高い声の叫びが聞こえ、俺はそちらに足を向けた。


 戦士たちの戦いが一番よく見える特等席。


 そこに座り、かぶりつくように戦いを見ているのは、我がアパートの住人であるステラだった。


「いいぞ! フードの! 今日の給料を全てお主に賭けた甲斐があったわい!」


 言葉の通り、その手には賭けに参加した証である半券が握られており、狂乱とともに振り回されていた。


「あ、ばか! その距離はまずい! 逃げろ!」


 戦いに目を向ければ、さっきまで押していたフードの剣士が一転して追い詰められている場面だった。


 夜の部は、人気も実力も高い戦士が出る場所。


 フードの剣士の筋が良いとはいえ、さすがに無敗というわけにもいかない。


 やがて彼女は、手に持った片手剣を敵に弾かれてしまい、降参に追い込まれた。


「あああああああああああ! 今日の給料がああああああ!」


 ステラの悲痛な叫びが響く。


 ここらが潮時と見た俺は、一つ溜め息を吐いてから彼女の肩をぽんぽんと叩いた。


「なんじゃ! 我は今気が立って……お……る……」


 鋭い視線で振り向いたステラは、背後に立っているのが俺だと分かると、みるみる顔を青くした。


「き、奇遇じゃの、大家。お主も見に来ておったのか。うむ、我も仕事の後のささやかな楽しみとして、僅かな金銭を賭けてスリルを楽しんでおったのじゃ」


「僅かな金銭ねえ……」


 手に持った半券、もはや無価値な紙切れと化した夢の残骸は、明らかに日当全部をぶっ込んだとしか思えない金額だった。


「いや、これはその」


 さっと半券を背後に隠すステラ。


 そんな彼女に、俺はにこりと笑みを浮かべてみせた。


「――とりあえず、裏で話をしようか」


「……ハイ、ワカリマシタ」





 まだ熱気の残る場内からステラを連れ出す。


 闘技場を一歩出ると、涼しい夜風が顔に吹き付けてきた。


 軽く首を竦めたくなるくらいの肌寒さ。


 にもかかわらず、ステラは汗をダラダラとかいていた。


「単刀直入に聞こう。今日は家賃の支払日だが、ちゃんと払えるのか?」


 人気の無い場所に着くなり、俺は用件を切り出した。


 最悪、こいつがどんな趣味にのめり込んでいようと家賃さえ払えるのであれば不問にしてもいい。


「払える……はずだったのじゃ。さっきあの剣士が勝っておれば! なんじゃあいつ! 肝心なところで負けおって!」


 が、ステラの口から出てきたのは、有罪確定の文言だった。


「はあ……やっぱりシドの言うことなんか聞くべきじゃなかったな」


 まんまとどっぷりハマりやがった。


「まったくもう! あの剣士め! ともあれ大家! 明日まで待ってくれ! 明日の日当を闘技場につぎ込み、五倍くらいまで増やせば家賃とて余裕で払えるとも!」


 完全に駄目人間の言葉であった。


「一応聞くが、実家から持ってきたという財産は?」


「とっくに使ったわい。うむ、高い勉強代にはなった。じゃが、お陰で我は賭け事のコツを掴んだのじゃ。長期的に見れば必ず勝てる。我を信じろ! そして明日まで待て!」


「今すぐ払え」


 駄目人間の言い訳を聞かず、即座に家賃を要求する。


 が、ステラは開き直ったのか胸を張った。


「無い袖は振れぬ! とにかく明日まで待ってくれ! 必ず勝つのじゃ!」


「大丈夫だ。明日まで待たずともお金が手に入る方法がある。その方法なら家賃を払える上に、闘技場でも十分楽しめるだけの金が残るさ」


「なに、本当か!?」


「ああ、本当だ。神様はこういう時のために目玉や膵臓を二つセットで作ってくれたんだ」


「ちょっと待てい! 売るのか!? 臓器、売っちゃうのか!?」


「本当なら身体丸ごと娼館にでも売り飛ばしたいところだが、さすがに子供相手じゃ気が引けるからな。部分的な売買で許す人道的な俺に感謝しろ」


「人道とは!?」


 ステラを捕まえようと一歩踏み込むと、彼女はじりじりと背後に下がっていった。


「くっ……ゴミを見る目をしおって。ええい、こうなったら計画変更じゃ! もう少し楽しみたかったが、人間界での生活もここで終わりじゃ!」


 ステラはそう叫ぶと、獣のようにぐっと前傾姿勢を取った。


 途端に、彼女の中から強大な力が溢れ出す。


 普通の人間と比べて明らかに異質な、そして強大な魔力。


 通常の冒険者の数倍、いや数十倍に匹敵する魔力量だ。


「驚いたか、人間! これが我の本当の姿よ!」


 魔力に呼応するように少女の爪は伸び、犬歯が牙のように鋭く、魔物じみたものになる。


「ほう……また妙な姿になったな…」


 素直に驚く俺に、強大な力を持つ少女は見下すように残虐な笑みを浮かべた。


「今日まで世話になったな! 礼代わりに教えてやろう! 我が正体は人にあらず! 聞いて驚け、我は北方洞窟ダンジョンボスにして、かつての魔王の眷属! ステラ様だ!」


「なに……!? 北方洞窟のボスだと……!」


 予想外の言葉に、俺は思わずよろめく。


 訳ありな少女だとは思っていたが、これほどの裏切りは予想していなかった。


「ステラ! お前、俺を騙していたのか!?」


「ふっ……許せとは言わんさ、愚かな人間よ」


 睨む俺に、ニヒルな笑みを返すステラ。


 そんな……北方洞窟ダンジョンのボスなんて……!


 俺は怒りのあまりステラを強く睨み、溢れる感情を口にした。



「ふざけんな! 何が家賃払えないだよ! お前、そんだけ実家が近ければお金取りに戻れるだろ!」


「そっちぃ!?」



「あーくそ! 誰だリファルナ大陸出身とか言った奴! ほら、日付変わるまで待ってやるからさっさと家賃を取りに行け!」


「リアクションおかしくないかの!? 他に言うことあるじゃろ! あ、あの、我ダンジョンボスじゃぞ?」


「分かってるわ! だから金取りに行けって言ってんだろ!」


 あまりの裏切りに頭をがしがし掻きながらステラを睨む。


「ねえ、これ我がおかしいの!? もっと違うところで驚いてもらうこと期待してたんじゃが、我が求めすぎなの!?」


 訳の分からないことを言うステラ。


 まったく、家賃をちゃんと払わない奴はやはり人間性に問題あるな。


「ダンジョンボスだろうが魔王だろうが、なんでもいいから家賃を取りに戻れ。払う気ないなら仕方ない。素手でお前の臓器えぐり取るぞ」


 パキパキ、と指を鳴らしながら臨戦態勢に入る俺を見て、ようやくステラも我に返ったらしい。


「ふ、ふん。えーと、やれるものならやってみるがいい。下等な人間め!」


 ステラは絶対予め考えておいたであろう台詞を言うと、近くにあった大岩を両手で持ち上げる。


「うりゃ!」


 地面に埋まっていた大岩が、ステラの怪力で引っこ抜かれる。


 その大きさはステラの身長の約三倍。


 膂力に優れた冒険者とて、これを持ち上げられる奴はそういないだろう。


「ふっはははは! これがこの町を囲う四方ダンジョンの中でも最難関と呼ばれる北方洞窟ダンジョンのボスの力よ! 死にたくなければ避けるがよい!」


 ステラはわざわざ親切に警告してから、岩を投げつけてきた。


 凄まじい速度で飛んでくる大岩。ダンジョンボスに相応しい馬鹿力である。


「いや、そういうの今いいから」


 が、俺は飛んで来た岩を片手で雑に掴み取ると、隣にぽいっと捨てた。


 ずしんと音を立てて地面にめり込む大岩。


「あれ? ちょ、ん? 見間違いかの? 今あの岩を片手で掴んだような……あれ?」


 何故か混乱した様子を見せるステラ。


「おい、誤魔化すな。それより実家戻って家賃取ってこいっつってんだよ」


「今そんなことより衝撃的なこと起きた気がするんじゃが!」


「馬鹿野郎。家賃を踏み倒される以上の衝撃なんてこの世にあるか。こうなっては仕方ない。俺は報復を忘れない男。家賃を踏み倒そうとした報いは与えなければならん」


 言ってから、俺はさっきステラが投げ飛ばした岩をもう一度片手で掴んで持ち上げると、手首の力だけで岩を投げ飛ばす。


 その瞬間、さっきの五倍以上の速度で岩が飛翔した。


「うおっ!?」


 さすがダンジョンボスというべきか、ステラはギリギリのところで岩を躱してみせる。


 数秒後、岩の着弾地点と思しき場所から爆発音が響いた。


 みるみるうちにステラの顔が青ざめていく。


「な、なんじゃ今の威力……やっぱさっきのやつも見間違いじゃないっぽい! ちょっと待って、お主強すぎない!? ただの大家じゃろ!? その辺の冒険者より圧倒的に強くないかの!?」


 事ここに至って、ステラが世間知らず丸出しのことを言い出した。


 そんな彼女に、俺は呆れ混じりの溜め息とともに常識を教えてやる。


「お前は何を言っているんだ? 大家とは冒険者から家賃を取り立てる存在だぞ。当然、冒険者よりも圧倒的に強いに決まってる」


「そうなの!? え、人間界ってそうなの!?」


「当たり前だろ、冒険者より弱い大家なんていねえよ。家賃を踏み倒そうとする者がいれば、相手が王様だろうと、国を敵に回そうと家賃を回収する存在。それが大家だ」


 即ち、人類で最も強い存在とは大家である。


「こ、こんな化け物なんか相手してられるか!」


 と、ありがちな捨て台詞を残して逃げ去っていくステラ。


「……魔物に化け物呼ばわりされるとは、なんか複雑だな」


 ちょっと微妙な気分になってしまい、一瞬だけ動きを止めてしまった。


 が、すぐに我に返る。


「おっと、逃げられないうちに捕まえないと」


 そうして、俺はステラを追いかけて走り出した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る