第4話ダンジョンボスでも娯楽に勝てない

 ミュゼルドラの闘技場は、主に冒険者が名前を売るために参加するものだ。


 名前を売れば武器商人などがスポンサーに付き、自分のところで作った武器を宣伝代わりに使ってくれと依頼してきたり、冒険の資金援助をしてくれたりする。


 そういうわけで、若手の冒険者はこの見世物小屋めいた場所で売名を兼ねて腕を磨くものだ。


「この戦いの熱気……肌にビリビリ来るのう。血が騒ぐわ」


 闘技場の空気に当てられたのか、まだ廊下だというのにステラがどこか浮き足立った雰囲気を出す。


 うまく隠しているが、猛獣めいた闘気が滲み出ていた。


 妙に人間離れしているというか、あまり常人には出せない空気である。


 まあ、住人の素性など詮索するつもりもないが。


「普通はここで賭けを行うんだが、今回は見学だけだ。浮かれて乗せられるなよ、こういうのは必ず胴元が儲かるように出来てるんだからな」


「分かっておる。見るだけで満足じゃ」


 すり鉢状になった闘技場の客席に着くと、既に試合が始まっていたらしく、剣戟の音が響いてきた。


「おお、いいところじゃの」


 ステラとともに、目の前の試合を観戦する。


 今の試合は見るからに強そうな大柄な戦士と、全身をローブで覆った小柄な剣士の戦いだった。


「体格差は歴然じゃの。普通にやったらでかいほうの勝ちじゃ」


 勝敗が見えた試合では燃えないのか、いまいち冷めている様子のステラ。


「まだ分からないぞ」


 ステラの予想とは裏腹に、フードの剣士は機敏な動きで攻撃を躱していく。


 正面から打ち合わず、上手く相手の死角に移動しながら細かい攻撃で敵を削っていた。


「ほう……戦巧者じゃな」


 俄然面白くなってきたとばかりに前のめりになるステラ。


 他の観客もフードの剣士の技巧に気付いたのか、息を呑むように試合を注視していた。


「このっ……ちょこまかと!」


 男はしびれを切らしたように力ずくの一撃を放つ。


「――――!」


 勢いのある攻撃を躱しきれず、フードの剣士が剣で防御した。


 が、筋力の差は歴然。受けきれずによろめいてしまう。


「もらった!」


 それを好機とみたか、大柄な男が思いっきり力を込めた一撃を放った。


 ローブの剣士が、真っ二つに切り裂かれる。


「決まったようじゃな」


「いや、まだだ」


 真っ二つになったローブがふわりと風に舞う。


 その中には――誰もいなかった。


「なに!?」


 驚く大柄の男。


「――トドメの一撃が大振りになる。雑ですね、技術というより心の未熟でしょう」


 そんな彼の後ろから、凜とした女の声が響いた。


 赤毛のポニーテールと翡翠の目、整った顔立ちを持つ少女。


「いつの間に……!」


「遅い!」


 振り返ろうとした男の剣を、少女が自分の剣で弾き飛ばす。


「ぐっ……まだだ!」


 得物を失った男は、少女に向けて手のひらを掲げた。


「『大地を砕け、大気の大槌』!」


 男が叫んだ途端、目に見えない力が闘技場に満ち、その命令を受けた大気が圧縮して一つの塊になった。


「ほう、魔法か」


 ステラが感心したように頷く。


 冒険者や魔物が操る神秘の技術、魔法。


 魔力と呼ばれる力を以て世界に干渉し、超常の現象を起こす一発逆転の大技だ。


「食らえ!」


 男は圧縮した大気の槌を少女に向けて叩きつけた。


「追い詰められた時の魔法ほど読みやすいものはありませんね」


 スパッ、と弧を描くような斬撃。


 それだけで、男が放った魔法は力を失い霧散してしまった。


「馬鹿な……!」


 愕然とする男。


 魔法を切り裂いた少女は刃を返し、男の首元に切っ先を突きつけた。


「三秒待ちます。降参しなさい」


 鋭い攻撃に、男は観念したように両手を上げた。


「ま、参った」


 男が降参すると、少女は血払いするように軽く剣を振ってから鞘に収めた。


 途端、闘技場から爆発するような喝采が鳴り響いた。


「おお! 見事なもんじゃの!」


 ステラもすっかりご満悦な様子だった。


「そうだな。危機からの大逆転勝利な上、フードの中身は美少女と来れば盛り上がるだろう。華がある奴だな」


 しかも普通の冒険者のように荒々しい剣筋じゃない。綺麗で無駄のない道場剣術だな。


 どこぞの道場の門下生が腕試しにこの町に来たってところか?


 少女が選手入場口に無言で消えた後も、ざわめきは収まらなかった。


「いやあ、こういう娯楽があるとはのう。なかなかいい町じゃ」


 よほどハマったのか、ステラも感嘆の溜め息を吐いていた。


 あんまりのめり込んでも危険だし、この辺で切り上げよう。


「さて、と。一試合見たし、さっさと帰るか」


「なんと。早すぎやしないか? せっかくだし、もう何試合か見て行きたいんじゃが」


「賭けもしないで何試合も見るのはマナー違反なのさ。それにあれほどの試合はここでもそう見られねえよ。良い試合の余韻を楽しむのもまた闘技場の醍醐味ってな」


「そんなもんかの」


 ステラは首を傾げながらも、素直に俺の言うことに従って立ち上がった。


「まあよい。まだまだ興味のあるもの、楽しめそうなものはたくさんある。ふふん、やはりあのじめじめした部屋から出てきて正解じゃったの」


 本当に無邪気に、楽しそうに笑うステラ。


「この町に合いそうで何よりだよ。俺も長く家賃を吸い取れそうで非常に嬉しい」


「喜び方にちょっと引っかかるものがあるんじゃが!」


「ああ、失礼。俺も元気な金づるが手に入って非常に嬉しい」


「なんでもっと悪いほうに言い直したのじゃ!?」


 おっと。リラックスしていたせいで本音が出てしまった。


「ともあれ、楽しむのはいいが、ちゃんと家賃を払えるように仕事もするんだぞ」


「なんか釈然としないが……まあよい。分かっておるわ、明日からちゃんと働こう」


 そう頷いてから、ステラは再び表情を明るくした。


「じゃが、それはそれとして今日は楽しむぞ! まだまだ付き合ってもらうからの、大家よ!」


「はいはい」


 やたら元気なステラに苦笑を返しつつ、次に案内する場所を考えるのだった。





 ステラが引っ越してきてから一週間が経った。


 遠征に行った住民たちはいまだに帰ってくる気配もなく、アパートは俺とステラの二人きり。


「それでどうだ? 例の彼女は。上手くやっていけてるのか?」


 仕事をさぼってうちのアパートに遊びに来たフォッカーが、俺の淹れた紅茶を飲みながらそんな話を振ってきた。


「やたら世間知らずなところはあるが、明るくて人懐っこいし、何人か友達も作っていた。馴染んでるよ」


 フォッカーの対面に座り、彼の手土産であるクッキーをつまみながら、雑談に応じる。


「へー。この町の荒々しさにすんなり馴染むとは、それなりに場数を踏んでそうだ」


 どこか思案するようなフォッカーの言葉に、なんとなく察するものがあった。


「ステラのこと探ってたのか?」


「まあな。仮にもこっちが紹介した案件だ。多少の追跡調査くらいはするさ」


 肩を竦めながら、ティーカップを置くフォッカー。


 わざわざ仕事中に訊ねてきたのは、その報告をするためだったらしい。


「つっても、さすがにリファルナ大陸までは調査できなかっただろ」


「ああ。けど彼女、この町の周辺にしばらく住んでいたっぽいぞ。契約書を書く時、こっちの言語も読み書きできてたし、食べ物や気候に戸惑った様子もなかった」


 にもかかわらず、世間知らずっぽいところもある、と。


 考えれば考えるほど謎の女だな。


「ま、家賃さえ払ってくれりゃあ何でもいいけどな」


「大雑把な奴め」


 じとっとしたフォッカーの視線を、俺は涼しい顔で受け流す。


「そのくらいじゃないとこの町の大家なんかやってらんねえさ。身元が確かな奴のほうが珍しい町だからな」


「そりゃそうだが……と、そういえば当の本人は?」


「稼いでくるって言って出ていったよ。ここに来た翌日からずっとそうだ」


 何かいい仕事でも見つけたのか、朝に出かけては夜まで帰ってこない。


 仕事熱心なのはいいことだ。だって家賃が回収しやすくなる。


 ちょうど今日は最初の支払日。実に楽しみだ。


「毎日楽しそうに出勤してるが、なんの仕事勧めたんだ? フォッカー」


 ステラの仕事の世話はフォッカーに任せたが、実際に何の仕事を紹介したのかまでは聞いていない。


 そんなに楽しみにするような仕事がこの町にあっただろうか。


「ん? ああ、飲食店の皿洗いをね。朝から夕方までやってもらってる」


「へー。皿洗いをあんなに楽しそうに……夕方まで?」


 頷きかけて、妙な引っかかりを覚えた。


 ステラが帰ってくるのは日が沈んで結構経ってから。


 そう広い町でもなし、夕方までに仕事が終わっているのなら、明らかに時間が経ちすぎている。


「飯を食ったり軽く遊んだりってこともあるだろうが……ふむ」


 なんか、妙に嫌な予感がする。


「どうしたんだ? メル。何か気になることでも」


「ちょっとな。ま、こっちで確かめておくよ」


 俺は溜め息を一つ吐くと、冷めた紅茶に手を伸ばした。

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