第2話ダンジョンボスでも好奇心に勝てない

 抜けるような青空と朝の日差しが、二階建てのアパートを照らしていた。


 午前特有の澄んだ空気を吸いながら、俺は箒を手に庭を掃除し始める。


 秋の終わりのこの時期、油断するとすぐに我がアパートの前は落ち葉に埋め尽くされ、大変外観が悪くなるのだ。


「……まあ、こうして天気がいい日は気持ちいいもんだけどな」


 通り抜ける風は涼しく、心地いい。


 なんとなくいいことがありそうな一日だ。


「おーい、メル!」


 と、その時、不意に背後から名前を呼ばれる。


 振り返ると、若い男が軽く手を上げてこっちへ歩いているのが見えた。


「なんだ、フォッカー。こんな朝早くから珍しいな」


 俺とそう背丈の変わらない茶色い髪の青年である。


 気さくな雰囲気とは裏腹に筋肉質な体つきをしており、かつて冒険者だった頃の名残を感じさせた。


「いやあ、悪いな。ちょっと急ぎの案件があってよ」


 フォッカーは、この町の宿や住宅を冒険者に紹介する不動産ギルドの人間だ。


 アパートの大家である俺とは、友人でありながら取引相手でもある。


「急ぎ? まあ部屋も空いてるし構わないが、何人だ?」


「一人だ。今日中の入居ということで頼みたい」


「承った」


 こういう仕事は持ちつ持たれつ。


 通常であれば弾く内容だが、フォッカーとの信頼関係に免じて引き受けよう。


「悪いな。なんせ今度の入居者は若い女の子だからさ。早めに住居決めてやりたかったんだ」


「なるほど」


 このミュゼルドラは、町の四方を四つのダンジョンに囲まれた特異な町……というか、四つのダンジョンを攻略するための拠点として生まれた町だ。


 当然、主な住民はダンジョン攻略を目的とする冒険者たちとなる。


 割とゴロツキな輩も多く、治安もそんなによくないため、昼はまだしも夜は慣れない女の子が一人で出歩けるような町ではない。


 ――という建前で、若い女一人分の宿を用意させる不動産ギルドの職員さんもよくいる。


「つまり、愛人を作ったから秘密裏に囲える住居が欲しいということだな?」


「ちげえよ!? どこから生まれたのその冤罪!」


「安心しろ。俺は口が固い男だ。ちゃんと奥さんには黙っておいてやる。それより仕事の話に戻そう。敷金と礼金と口止め料についてだが」


「話戻ってないよね! 前の話からそのまま付いてきた奴いるよね!?」


 むぅ。ここまで必死に否定するあたり、本当に違うのかもしれん。


 が、だとするとなおさら不思議になる。


「フォッカー。この町のダンジョンの難易度を知らんわけがないだろう? 『四方ダンジョン、全て合わせば魔王城』とも言われるほどだぞ。そんなところに女一人で来るなんて珍しいにも程がある。誰がどう見ても愛人説が流れるぜ」


 俺の言葉に、フォッカーも複雑そうな表情で頷いた。


「うんまあ……そこは俺も思ったんだがな。ていうか、そういう誤解が嫌だからわざわざお前のとこ持ってきたわけよ」


 頼られたというべきか、厄介事を押しつけられたというべきか。


 まあ、長年の信頼関係に免じて前者ということにしておこう。


「とりあえず分かってる情報は?」


 訊ねると、フォッカーは手元の資料に目を落とした。


「えーと、名前はステラ・ブラッド。年齢は二百歳……? 二十歳と書き間違えたのかな? 出身はリファルナ大陸の南だそうだよ」


「リファルナって……確か結構出現する魔物が強い地域だよな? 特に南部は」


 俺も一件、あの辺に貸し出している住居を持っているから分かる。


 ここほどではないが、世界で最も厳しい土地の一つだ。


「あの辺りの出身者なら、一人でこの町に来ることもあり得る……のかな?」


 眉根を寄せるフォッカー。


 とはいえ、こんな薄い情報で考え込んでも答えは出ないだろう。俺はさっさと頭を切り替えた。


「まあ、実際に来てるんだからそういうことだろ。とにかく会ってみりゃ分かるか。で、本人は?」


「ちょっと町を回ってから来るって言ってたけど、多分もうすぐ……お、来た来た」


 フォッカーの視線を追うと、確かに一人の女の子が歩いてくるところが見えた。


 腰まである金色の髪と、無邪気に輝く赤の瞳。


 二十歳とは言っているが、見た目は十四、五歳くらいの印象を受ける。


 彼女は俺たち……というかフォッカーの顔を見ると、小走りで近づいてきた。


「ああ、来たね。ステラちゃん、ここが今日から君の家になるアパートだ。それと、彼が大家のメルクリオ。若いけどしっかりしている青年だから、何か困ったことがあったら頼るといい」


 ステラと呼ばれた少女は、興味深そうな目で俺とその後ろにあるアパートを見ると、一つ頷いてから尊大な動作で腕を組んだ。


「うむ! 大義であったぞ、仲介屋」


 やたら態度がでかいが、ちんまりした体格のせいか子供が背伸びしているように見える。


「あはは。じゃあ、またね。メルもまたな」


 軽く手を振って去っていくフォッカー。


 それを見送ってから、ステラはこっちに振り向いた。


「お主が大家か。我はステラ・ブラッドじゃ。これからよろしく頼むぞ!」


 妙な喋り方と仕草の子である。


 まあ、ここは世界中から色んな人が集まる町だ、いちいちこの程度のことを気にしていたらやっていられない。


「ああ、よろしく。俺はメルクリオ・クライスだ。フォッカーの言う通り、何かあったら頼ってくれていい。ただし、金のこと以外でな」


 俺も挨拶を返して右手を差し出すと、ステラはしっかり握り返してきた。


 柔らかく、小さい手。拳を鍛えた形跡もなければ、武器使い特有のマメもない。


 どうやらこの少女は、冒険者ではなさそうだ。


 だとしたら、尚更こんな町に来た理由が分からない。


「じゃあ部屋に案内する。今は他の住人が遠征に行ってるから、ここにいるのは君と俺だけだ」


「うむ。頼んだ!」


 俺は喉元まで出掛かった疑問を引っ込め、彼女を連れてアパートの中へ向かう。


 この町に来る奴なんて、大抵訳ありである。いちいち追及してやるもんじゃない。


 我が城である『アパートメント・メルクリオ』は二階建て、計十部屋を持つ冒険者向け賃貸住宅だ。


 彼女の部屋になるのは、ちょうど空いていた二○四号室。


「細かい手続きは夜にやるとして、とりあえずここに住んでくれていい。今日は敷金だけもらうが、家賃は月末払いだから忘れずにな。荷物は今手に持っているものだけかい?」


「そうじゃの。急いで出てきたので、これだけじゃ」


 手に持っていた重そうな革の鞄を置くと、ふぅと一息吐くステラ。


 急いでって……なんか家出少女臭いな。まあ、家賃さえちゃんと払ってくれればいいが。


「しかし、これが我の新居か」


 ステラは部屋の真ん中まで歩いていくと、くるりと回って部屋を眺めた。


 独身者向けの住宅なため部屋は一つしかないが、冒険者が装備品を置けるよう、少し広めの空間になっている。


 それを見て、ステラは深く頷いた。


「おー……これがアパートというものか。日の光が入る部屋に住むのも久しぶりじゃのう」


「まずそこに感心するのか」


 意外なところに食いつく少女である。いったい今までどんなところに住んでいたのか。


「ふっふっふ……ここから我の覇道が始まるのじゃな。見ておれよナターシャ……! この我の偉業を!」


 なんかぶつぶつ言い始めたが、俺は住民のプライベートには干渉しない出来た大家である。軽く聞き流しておくことにした。


「そういやさっき町を見物しにいったって聞いたけど、何か気になることはあったか?」


 これからの暮らしをサポートするべく、雑談代わりに話を振ってみる。


「む? まあごく一部しか見られなかったがの。ただ、やたら賑やかだったし仕事は多そうでよかったわい」


「町で仕事を探すのか?」


「うむ。人間社会に興味があっての。何かよい仕事があれば教えてもらいたいのじゃが」


 仕事選びか。これは長く住んでもらうためにも、適当なものは紹介できないな。


「うーん……若い女の子にできる仕事っていうと限られてくるな。酒場の店員とかはどうだろう?」


「ほう、面白そうだな。我にもできそうか?」


 興味が湧いたのか、乗り気な様子でこっちを見上げてくるステラ。


「ああ、簡単だよ。丈の短いスカートを穿いて店内を歩き回り、身体に触ってこようとする冒険者がいたら捻り上げて店長に突き出す。あとは店長が慰謝料として身ぐるみ剥いでくれるから分け前をもらうだけだ」


「思ってた業務内容と違うんじゃが! もうちょっと別の仕事で頼む!」


「じゃあ丈の短いスカートを穿いて店内を歩き回り、身体に触ってこようとする店長を捻り上げて慰謝料をもらう仕事はどうだ?」


「さっきと同じじゃないかの!? 標的変えただけじゃないかの!?」


「じゃあ誰から慰謝料取りたいんだよ」


「慰謝料じゃなく賃金が欲しいんじゃが!」


 楽に高額稼げる仕事を紹介しようとしたのに、却下されてしまった。


「じゃあ、どっかのギルドに入るのが手っ取り早いかな。フォッカーあたりに打診してみるよ」


「う、うむ。その辺が落としどころか……これ以上聞いても何を紹介されるか分かったもんじゃないしの」


 ぼそっと何か言っていたが、大人のマナーとしてスルーします。


「他に質問はないか?」


「そうじゃな、ではどこか食事を摂れる場所はないかの。空腹じゃ」


 ステラの言葉を裏付けるように、彼女の腹から「くー」と音が鳴った。


「OK。ちょうど昼頃だし、案内しよう」


 俺は部屋を出ると、ステラを連れて表通りに出ることにした。

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