ダンジョンボスでも大家に勝てない

三上こた

第1話ダンジョンボスでも退屈に勝てない

「飽きたのじゃ」


 薄暗い室内に、少女の声が響いた。


 窓一つない部屋をぐるりと見回すと、少女は椅子の背もたれに身体を預け、味気ない光景にうんざりしたように溜め息を吐く。


「この生活、すっごい飽きた」


 月明かりを溶かし込んだような金色の髪は、部屋の薄暗さのせいでくすんでおり、赤の瞳は退屈を表わすように眇められていた。


「はぁ……またですか。なら、たまには私の仕事も手伝ってみません? ダンジョンの修理と魔物たちの給料計算、あと冒険者たちが落としていった装備品の分配や換金を行わなければならないので、人手が足りないんですが」


 少女の不満にそんな言葉を返したのは、もう一人の女性だった。


 銀の髪を軽く掻き上げ、青い瞳で少女を一瞥すると、すぐに手元の羊皮紙に目を落とす。


 だが、彼女の提案に、金色の髪の少女は渋面を作った。


「……むぅ、その手の仕事は嫌じゃ。ほら我、一応この迷宮のダンジョンボスだし? 管理職は部下の管理が仕事というか。その辺はナターシャに任せるというか」


 しどろもどろな言葉を受けた銀の髪の女性――ナターシャは、深々と溜め息を吐く。


「言ってみただけですよ。ステラ様に現場仕事なんて期待してないから安心してください」


 元々本気でなかったらしく、ナターシャはガッカリした様子もなくてきぱきと仕事を進めている。


「それはそれで不満なんじゃが。こう、我にも何か少しくらい期待してくれてもいいのじゃが?」


 唇を尖らせるステラに、ナターシャは露骨に面倒そうな表情を浮かべると、部屋の外を指差した。


「仕方ないですね。じゃあ、ちょっとお菓子でも買ってきてくれません? ちょうど甘いものが欲しくなってきたので」


「パシリ!? ダンジョンボスなのにすごい閑職に追いやられそうなんじゃが!」


「お菓子だけに閑職間食ですか。上手いこと言いますね」


「言っとらんから! 無意識なとこ拾って変な感じにするのやめろ!」


 恥ずかしかったのか、ステラの顔がちょっと赤くなっている。


 これ以上、適当にあしらうのが無理だと思ったのか、ナターシャは仕事の手を止めて、ステラのほうに向き直った。


「まあ、ステラ様が暇なのはいいことですよ。考えてみてください。ここはダンジョンで、ステラ様はその最奥部にいるダンジョンボス。ステラ様が仕事をするというのは、このダンジョンが陥落寸前になっているということなんですから」


 部屋の扉の外に耳を澄ませば、魔物たちの鳴き声と、僅かに交戦の気配が伝わってくる。


 今日も今日とて、ダンジョンの外にある宿場町から、冒険者たちが押し寄せてきているのだろう。


「それは……まあそうじゃな」


 ステラもその理屈は分かるのか、気勢を削がれたように椅子の上で膝を抱える。


「……むぅ。迷宮の防備を完璧にしすぎたか。我がここのボスに就任してから、一度も最深部への襲撃がないとは」


「平和でいいことじゃないですか」


「一応、我ら魔物なんじゃが……」


 この現状になんとも思っていないらしいナターシャにも、少し不満を覚えるステラであった。


「たまにはこう、人間たちの集落を襲撃してみたりとか、しなくていいのじゃろうか」


 地下の最奥に籠もり、もぐらのように一日を消費するよりは、よっぽど魔物らしい気がする。


「ほう、敵の拠点に策もなく単騎で出陣ですか。それは素晴らしいですね、明日から私がダンジョンボスになれそうです」


「部下の忠誠心に不安を覚えるのじゃが!」


「冗談ですよ。魔物はより強い魔物に従うもの。このダンジョンに強力な魔物が集まっているのもステラ様の存在あってこそ。なので、何もしなくてもステラ様は仕事をしているようなものですよ」


「そ、そうかの?」


「ええ。幸運の置物としては最高峰かと」


「言い方! 改めて言葉にされるとあまりにもやり甲斐のない仕事なんじゃが!」


 まるで威厳のないダンジョンボスである。


 やはり、取り立てて成果を上げていないから部下に舐められるのかもしれない。


 何か目立つ成果が挙げられて、しかも楽しい(ここ最重要)仕事はないだろうか。


「……そうじゃ! いいこと思いついた。密偵というのはどうじゃろう?」


「密偵、ですか」


 怪訝そうに首を傾げるナターシャに、ステラは自信満々に頷いた。


「うむ。人間たちの街に入り込み、敵の弱点を見つけるために隠密活動するのじゃ。ボスが自ら敵地で密偵! なんかかっこいいのう!」


「却下です。迷子になりますよ」


「究極の子ども扱い! 我、これでも二百歳じゃぞー! お主より年上じゃぞー!」


 じたばたと暴れるお子様ボス。


 しかし、舐めっぱなしで終われるかと思ったのか、ステラは椅子から立ち上がると、手近な荷物をまとめて部屋の扉へ向かった。


「見ておれ! 必ず結果出してくるからの!」


「はい。じゃあ暗くなる前に帰ってきてくださいね」


「お母さんのノリで接してくるのやめてくれる!? その処理のされ方ほんと不本意なんじゃが! 今に見てろ、ばーかばーか!」


 捨て台詞を残し、出ていくステラである。


 それを見送ってから、ナターシャはぽつりと呟いた。


「……まったくもう、家出なんて。反抗期かしら?」

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