香原美沙希
私には幼馴染が居る。
産まれて初めて住んだ家の隣に住んでいる男の子。
同い年なのに何だか頼りなくて弱々しくて……それが病気のせいだと知ったのは幼稚園の頃だった。
彼は物静かでおとなしくて、家に居る時はいつもベッドに寝ていて、窓から外を眺めていた。
彼はその病気のせいで外に出る事は殆ど無くて、彼と外で遊ぶ事は殆ど無かったけれど、私が外で見たり聞いたりした事を色々話してあげた。
『街外れの森に綺麗な川があるんだ。今度連れてってあげるよ。』
細い体に青白い顔で彼は弱々しく微笑んでいた。
『だから
子供ながらに翔太郎の病気は治らない病気なんじゃないかと凄く不安になったのを覚えている。
『分かった。絶対治して
でもそう答えた翔太郎の目に宿る力強さが見えた時、私は翔太郎の病気は絶対に治ると確信していた。
小学校に入学しても、翔太郎は定期的に検診や入院で学校を休んでいた。
そんな中、クラスのガキ大将的な体の大きい奴が『
私は激怒し、そいつを含めた首謀者的なクラスメートとそれはもう、手も足も出る大喧嘩をした。
結果、翔太郎をイジメようとした連中全員を叩きのめし、翔太郎に謝罪に行かせることにした。
それを聞いた翔太郎は病室でベッドに体を横たえたまま、今までで一番じゃないかと思うくらいに大笑いしていた。
一緒になって全員で大笑いしたのは良い思い出になっている。
◆
これが
ただ、やはり入院したりベッドに寝ていたりした時間が長かったせいで運動は苦手なようだ。
「遅いよ翔太郎!」
「はぁ……はぁ……僕が遅いんじゃなくて……はぁ……美沙希ちゃんが速いんだって言ってるだろ……はぁ……」
「ちょっとずつでも体を慣らしていかないと。」
私は少しでも翔太郎の体力を付けようと、登下校時、普通に歩くより少し早足で歩いた。
早く翔太郎の体を普通の生活に慣らしていかないといけないから。
そして学校に着くと、私は必ずポケットからチロルチョコを出してきて翔太郎の口の中に放り込む。
「疲れた時には甘い物が一番。」
「サーカスのクマじゃないんだからさ。」
「あれは角砂糖でしょ?」
「似たようなもんじゃん。」
体力に自信のある私ほどではないにしても、翔太郎は見る見る内に体力を伸ばしていることは、歩く速さだけではなく歩いた後の呼吸の乱れが少なくなってきた事で分かっていた。
それが私にはたまらなく嬉しかった。
いつか約束した、街外れにある森の綺麗な川に一緒に行ける日が来るのだと実感出来るようになっていたから。
「まぁいいけど。じゃあこれ。」
「おっ!私はコレの為に学校に来てるみたいなもんだからねぇ!」
「勉強しようよ。」
「分かってるって。でも私にとってはコレあっての勉強だよ。」
「意味分からん。」
翔太郎が差し出したのは、白と赤の水玉模様のポーチに入れたお弁当。
何でも入院している時、暇に任せて
家で何度か翔太郎の料理の相伴に預かった事はあるが、お世辞抜きにあれは入院中に本を読んだだけで出せる味ではない。
努力もしたのだろうけど、元々センスがあったのかもしれないなぁ。
私には無いけど。
「じゃあまた昼休みに。」
「はいなー。しんどくなったら我慢せずに先生に言うんだよ。」
完治したとは聞いているけど、私は毎日同じ言葉を掛けていた。
口癖みたいな所もあるが、正直言うと不安が完全に拭い切れていないのもある。
でもその不安を表に出すわけにはいかず、ついお姉さんぶった口調でそう言ってしまっている。
昼休みになると、私は友達が声を掛けて来るのも断って、翔太郎と約束しているいつもの場所へと向かう。
学校の中庭にある南側の青いベンチ。
私と翔太郎の定位置だ。
「おぉっ!?今日もきんぴらレンコンが入ってるじゃないかっ!」
「美沙希ちゃんの好物だからね。」
「翔太郎のきんぴらは世界一美味しいんだよねー。」
「大袈裟だなぁ。」
味は勿論、歯応え、鼻に抜ける香り、それらが翔太郎が作ってくれたと思いながら味わっていると、自分でも分かるくらい幸せそうな顔になってしまう。
「いいや、お世辞抜きにその辺のお店で売ってるのなんか比べたら失礼なくらいに美味しいよ。」
「そんなに褒めたって何も出ないよ。」
「私は翔太郎のきんびらレンコンが食べられたら何も要らない!」
「えぇ?じゃあこの卵焼きもアスパラベーコンも要らない?」
「要るっ!」
私は慌てて翔太郎の作った弁当の他のおかずを次々と口の中に放り込んだ。
毎日のように食べている翔太郎のお弁当だが、毎度どれをとっても下手な店なんかと比べるのが失礼なくらい美味しい。
「ご馳走様っ!」
「お粗末でした。」
「このお弁当をお粗末って言っちゃうと他のお弁当が可哀想だよ。」
「そんなに?」
「うん。翔太郎のお弁当は私の中じゃ世界一だからね。」
「ふふ。じゃあ明日はもっと腕に依りを掛けないとだね。」
ペットボトルのお茶を飲んでひとしきり満足すると同時に、同じくらいの大きさでまたあの『不安』が鎌首をもたげてくる。
「み、美沙希……ちゃん……?ど、どうしたの?」
「翔太郎……」
私は翔太郎の顔を目に焼き付けるようにじっと見詰めた。
「本当にもう病気は治ってるのね?」
「へ?あ~うん。お医者さんが言ってるんだから間違いないと思うよ。あれから体調悪くなる事も無いし、薬だってもう飲んでないから。」
「ホントね?信じてもいいのね?」
「うん。これで”実は治ってない”なんて言われたら僕がびっくりするよ。」
自分でもよく分からないけど、翔太郎が目の前に居る事、元気で居る事、美味しいお弁当を作ってくれる事、全ての満足が『翔太郎が居る事』で成り立っていると思った時、それが『無くなったら』と逆の思考が働き、無性に不安になる。
もし翔太郎が居なくなったら……そう考えるだけで自分が体調を崩しそうになるくらいに不安になるのだ。
でもそれを顔や態度に現わすべきじゃない事も分かっている。
私が不安そうにしてしまうと、翔太郎はもっと不安になるだろうから。
「心配しなくても大丈夫だよ。」
「うん。でも時々考えちゃうんだよ……また翔太郎が入院しちゃうんじゃないかって……もしまた翔太郎が病気になったらって考えたら……私……」
「美沙希ちゃん……」
「私のお昼ご飯誰が作ってくれるんだろう?って……」
「はい?」
だから翌日の激辛きんぴらレンコンを食べても、笑っていられるんだ。
幼馴染とお弁当 月之影心 @tsuki_kage_32
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