池添翔太郎
僕には幼馴染が居る。
生まれて物心付いた頃からいつも一緒に過ごしてきた女の子。
同い年なのに僕よりしっかりしていて、僕より足が速くて、そして誰よりも僕に優しくしてくれた。
彼女は活発でいつも外を走り回っているような子だった。
でも僕は体があまり強くなかったので外に出る事は殆ど無くて、彼女と外で遊ぶ事は殆ど無かったけれど、彼女は必ず僕の所へやって来て外の世界の事を色々と教えてくれた。
『街外れの森に綺麗な川があるんだ。今度連れてってあげるよ。』
小麦色に日焼けした顔に真っ白な歯を浮かべて楽しそうに語る彼女が、眩しく、そして羨ましかった。
『だから
明るい笑顔の奥に少しだけ不安を滲ませたような顔で彼女は言っていた。
『分かった。絶対治して
僕は、美沙希に外へ連れ出してもらう事を夢見て、面倒な診察も苦い薬も我慢して治療に専念していた。
小学校に入学した後も、僕は定期的に検診や入院で学校を休みがちだった。
最初は『クラスに病人がいる』と珍しいものでも見るかのようにしていたクラスメートだったが、何度か短期入院を繰り返した後、美沙希がクラスの男子数名女子数名を連れてお見舞いに来てくれた時、何故か体の大きな男子が泣きながら僕に謝ってきた。
何でも『
それを知った美沙希が激怒し、首謀者的なクラスメートを懲らしめて謝罪に連れて来たのだった。
僕は病室でベッドに体を横たえたまま、今までで一番じゃないかと思うくらいに大笑いした。
謝罪に来てくれたメンバーは、高校生になった今でも仲良くしている。
◆
これが
ただ、長年体を満足に動かしていなかったせいで運動は苦手なままだ。
「遅いよ翔太郎!」
「はぁ……はぁ……僕が遅いんじゃなくて……はぁ……美沙希ちゃんが速いんだって言ってるだろ……はぁ……」
「ちょっとずつでも体を慣らしていかないと。」
美沙希は容赦無かった。
登下校時、美沙希は普通に歩くより少し早足で歩いた。
僕の体を少しでも早く普通の生活に慣らしていく為に。
そして学校に着くと、美沙希は必ずポケットからチロルチョコを出してきて僕の口の中に放り込む。
「疲れた時には甘い物が一番。」
「サーカスのクマじゃないんだからさ。」
「あれは角砂糖でしょ?」
「似たようなもんじゃん。」
実際、医者から完治したと言われた直後に比べれば随分と体力は付いたように思う。
勿論、病院でのリハビリの影響もあっただろうけど、普段の生活の中で体を動かしている比率は以前とは比べ物にならないくらい増えていて、それが美沙希のお陰だと言っても言い過ぎではないと思っている。
「まぁいいけど。じゃあこれ。」
「おっ!私はコレの為に学校に来てるみたいなもんだからねぇ!」
「勉強しようよ。」
「分かってるって。でも私にとってはコレあっての勉強だよ。」
「意味分からん。」
僕が美沙希に渡したのは、白と赤の水玉模様のポーチに入れたお弁当。
入院している時、母さんが置いて帰った料理本を見ているうちに料理に興味を持つようになり、退院して家に居る時は結構な頻度で料理をしていた。
母さんも『自分でやりたいと思っている事が一番身に付く』と色々教えてくれたのもあって、今では父さんでも僕が作ったのは母さんが作ったのか分からないくらいの腕になった。
まぁ、その都度夫婦喧嘩になってしまうのは仲が良い証拠かと……。
「じゃあまた昼休みに。」
「はいなー。しんどくなったら我慢せずに先生に言うんだよ。」
完治したと言っているのに、美沙希は毎日同じ言葉を掛けてくれた。
やはり僕が病人であった期間が長くて心配が完全に拭い切れないのだろう。
僕は美沙希の背中を見送ってから自分の教室へと入って行った。
昼休みになると、僕は美沙希と約束しているいつもの場所へと向かう。
と言っても学校の中庭なので、僕たち以外にも数名の学生がランチタイムを楽しんでいるのだけれど。
「おぉっ!?今日もきんぴらレンコンが入ってるじゃないかっ!」
「美沙希ちゃんの好物だからね。」
「翔太郎のきんぴらは世界一美味しいんだよねー。」
「大袈裟だなぁ。」
ポリポリと小気味良い音を立てながら美味しそうにお弁当を食べる美沙希は本当に幸せそうな顔になる。
「いいや、お世辞抜きにその辺のお店で売ってるのなんか比べたら失礼なくらいに美味しいよ。」
「そんなに褒めたって何も出ないよ。」
「私は翔太郎のきんびらレンコンが食べられたら何も要らない!」
「えぇ?じゃあこの卵焼きもアスパラベーコンも要らない?」
「要るっ!」
美沙希はそう言うと、弁当箱のおかずを一種類ずつ順に口の中に放り込み、ほっぺたとぷっくらとさせながらモグモグと咀嚼していた。
「ご馳走様っ!」
「お粗末でした。」
「このお弁当をお粗末って言っちゃうと他のお弁当が可哀想だよ。」
「そんなに?」
「うん。翔太郎のお弁当は私の中じゃ世界一だからね。」
「ふふ。じゃあ明日はもっと腕に依りを掛けないとだね。」
ペットボトルのお茶をゴクゴクと飲んだ美沙希が『ふぅ~』っと息を吐いて満足そうな顔になったが、すぐに真剣な顔になって僕の顔のすぐ前に寄せてきた。
「み、美沙希……ちゃん……?ど、どうしたの?」
「翔太郎……」
顔を寄せる美沙希に気圧されて、思わず僕は体を仰け反らせて後ろに手を付いていた。
「本当にもう病気は治ってるのね?」
「へ?あ~うん。お医者さんが言ってるんだから間違いないと思うよ。あれから体調悪くなる事も無いし、薬だってもう飲んでないから。」
「ホントね?信じてもいいのね?」
「うん。これで”実は治ってない”なんて言われたら僕がびっくりするよ。」
美沙希は何かに満足すると必ず今みたいな不安そうな顔で僕を問い詰めて来る。
それだけ心配してくれているのは嬉しいんだけど、医者が完治していると言っている以上、素人があれこれ心配してもどうにもならないことだ。
勿論、気に掛けてくれている事は素直に嬉しい。
美沙希がそう思ってくれている間は、今以上に心配させないようにする事が僕に出来る恩返しなんじゃないかと思っている。
「心配しなくても大丈夫だよ。」
「うん。でも時々考えちゃうんだよ……また翔太郎が入院しちゃうんじゃないかって……もしまた翔太郎が病気になったらって考えたら……私……」
「美沙希ちゃん……」
「私のお昼ご飯誰が作ってくれるんだろう?って……」
「はい?」
明日入れる予定のきんぴらレンコンは今日の30倍くらい辛くしてやろうと心に誓う僕だった。
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