どす黒く染まった雲を眺める。寝そべった公園のベンチの空、光は見えなかった。

 手に残る鈍い感触、忘れたことはなかった。

 冷えた夜風が凪ぐ。冷えて赤くなった手。後戻りなんて出来なかった。そもそも、初めから全てが間違っていたように思える。

 でも、君が明るい場所で生きていられるなら、それでよかった。



「ねえ、土岐。起きてる?」

「……起きてる」

「寝れない。歩こうよ。どこか遠くまで」



「土岐はいつまで傷つき続けるの」

 濡れた地面を踏み締めると音が聞こえる。死んだように眠る町。静かだ。隣を歩く人間のかすかな息遣いが聞こえるほどに。

 灯った機械的な光につられた虫たちが、湿った空気の中を重く飛んでいた。彼らには今飛んでいるのが太陽の中なのか否か分からない。ただ縋るように、引き寄せられるように目の前に光る唯一の光に向かうだけ。

「だってもう、戻れない」

「あたしたちいつから道を踏み間違えたんだろう」

「あのさ、こっちって」

「……知らない。なんとなく」

 学校も普段行く店とも逆の、ほ普段なら絶対来ることのない方向だった。彼女は少し前をどんどん進んでいってしまう。

「土岐はさ、自分を産んだ親のこと、どう思う?」

「何?分かってるでしょ。嫌いだよ。なんで産んだんだって思う。苦痛でしかない。地獄に突き落とすのと変わらなくない?」

「結局、不幸の連続。もし幸せがあったとしても、きっといつか失われる」

「あたしは産まれてきたくなんてなかった。命が大切だって、産まれてきてよかったって、そう言う人は、それを押し付ける人は、どれだけ残酷なことをしてる分かってない。みんな望まれて産まれてきたんだったらあの施設はいらなかった。あたしたちは存在しなかった」

「きっとあっちの世界は、不幸なんてない『夢』のような所たなんだよね」


「あたしだって本当は……産まれてきてよかったって言えるような人生が送りたかったを。そんな世界に産まれてきたかった」


 しばらく歩いた後、彼女が立ち止まって言った。

「田中だって」

「何が」

「ここの家の人の苗字」

 どこにでもあるような一軒家だった。

「土岐も見たでしょ。あの部屋」

 施設の子供たちのことを書いてあった書類が、積み重なっていたあの部屋。

「十四年前、あたしの親が住んでいたはずの所だよ」

 居ないね、もう。佐々木が呟いた。

「馬鹿みたい。嫌いだって散々言ってたって、行く宛をなくしたときなくしたとき足が向くのはここだなんて」

 すっかり寝静まってしまった家々。明かりなんて見えなかった。

 雲に閉ざされ、星も見えない真っ暗な町で彼女は何を見ていたのだろうか。

「なくなっちゃった。施設も、産みの親も全部」

 太陽だと信じて、ほんの少しの光を頼りに歩いていたはずだった。なのに、パッと消えてしまった。突然真っ暗な世界に堕とされてしまった。


「ねえ土岐は?行ってみたいとこ、無いの?」

「ない」

「親の住所、知ってるでしょ」

「一回、見かけた」

「……うそっ」

「向こうも気がついたかもしれない」

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夜彼岸 土岐陽月 @TokiAduki

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