第一章 きずぐち③

 津崎美里の葬式は、最近では珍しく晴れた日に、親族間でひっそり行われたらしい。



     *



 一人ぼっちの長い夜が明け、夜の延長線みたいな曇った朝が来る。昨日は何をやっていたんだっけ。私は寝ぼけた頭を再起動させる。ああ、特別何もやっていなかった。

橋の上で、美里の死を聞いた時まだそれを信じていなかった。私がいつ、それを嘘じゃないと理解したかは分からない。

 布団から出ようとしたとき、美里と過ごした時間がフラッシュバックした。ずっと、夢だけ見ていたい。目覚めたくない。


 洗面台に自分が写った。うっすらクマができた生気のない目。生まれつきの目力の強さとそれがアンバランスで、ひどく不格好だ。

 冷たい水をかけ、顔を洗う。

 食卓には、焼いたばかりのパンとか、色々置いてあった。

 いつもとなんら変わりのない日常。私はこれから学校に向かう。少し休んでいたけれど、今週から行くようになった。何かしていないと、悪いことばかり考えてしまうから。


 一人で学校まで歩みを進める。その道のりは退屈だ。


 この前学校では全校集会があり、美里への追悼みたいなことをやったらしい。同級生とか、美里を知る人は大体泣いていたらしい。あの子とか、あの子も泣いてたって聞いて、なんで?と思う。同時に、美里はやっぱり愛されていたんだと思った。なんで死んじゃったんだろう。

 優しくて、みんなから真面目って言われてて、性別関係なく人気で、あとかわいくて、私の親友だった美里。



 美里の机の上には、花が添えてあった。名前は知らないけれど、見たことあるような色とりどりの花たち。でもそこに美しさはなかった。腐りかけている花瓶の水。おそらく、置いた日からずっと水すら変えてない。

 休んでいた間がどんな風だったか知らないけれど、クラスは前と同じような活気にあふれていた。それがどうしても許せなかった。



 忘れようとしてもできなくて。むしろ覚えていろと私の中の何かが言う。

 雨は強さを増していく。一時間ほど前まで、グラウンドはバスケ部や野球部で活気づいていたのに、単調な雨音だけが響いている。外の部活のほとんどは早めに終わったみたいだ。体育館はすでにほかの部活が使っているだろうし、外はこの雨だ。無理もない。

「ねーえ。傘入れてー。あたし今日もってきてなくてさー」

 今聞きたくもないクラスメートの声。野球部のマネージャーの子。

「ちょ、あんまくっつくなって。俺汗くさいから」

「んー、気になんないけどなー」

「肩濡れるからもっとくっついていい?」

「しょうがねえな」

「明日も雨がいいなあ。明日も傘忘れる予定だから入れてね」

 馬鹿馬鹿しい。なぜクラスメートが死んだばっかりの時に、そんな会話ができるんだ。所詮、テレビで毎日のようにやっている事故と大差ないのだろうか。

 この雨で、誰かが苦しんでいるのかもしれないのに。雨がいいとなぜ言える。


 死ぬと、すべてなくなって空っぽになってしまうんだと思った。生まれてきて、必死に生きて、苦しんでもがいて、その先で何かを得ても、死がすべてを流し去ってしまう。それって意味あるの?苦痛に、意味を理由をつけて耐えているのに。それがなくなったら、苦痛を耐えるだけの人生をどうしたらいい。

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