第二話

 東京、丸の内。コンクリートジャングルの一角の、一際高いビル。『VOLT』の本拠地。


 その最高層、広く無機質なオフィス。ガラス張りの大きな窓を背にして置かれたデスクで、上達部かんだちめ順也じゅんやは部下に渡された資料を見つめていた。ほどよく筋肉のついた縦長の体格で、五十代にしては若く見られがちな風貌。彼の持つ緊張感が、広いオフィス一面に漂っていた。


「まだ掴めないのか、シードの足取りは」


「はい。被害状況は報告されてるんですけど、シードに食われた本人の回復に時間がかかってて……話を聞くにも聞けないらしいっすね」


「成程……道のりは長いな」


 コーヒーカップに口をつけると、上達部は溜息をつく。上司の深刻そうな表情に、關根せきねもりは続ける。


「組織の尻尾が掴めないんじゃ、やられたい放題っすね」


「今の我々の戦力では、シードを倒すので精一杯だ。シードに乗っ取られた人々こそ、根本の解決に繋がるんだがな……」


 広いオフィスに、しばらくの沈黙が流れた。守は、頭の後ろで黒い癖っ毛を掻きながら訪ねた。


「……やっぱり、駄目なんすか? シードのこと、市民に公表するのって」


「勿論以前も考えたさ。しかし、この事情はあまりに突飛すぎる」


「そりゃ、人間の想像力が化け物になる、なんて、俄には信じがたいっすけど……」


 言葉を濁した部下。上達部は続ける。


「それに、人間の想像力は、我々自身が思っている以上に危険だ。我々の手数が不十分な今、下手に手を出せば、奴らを刺激しかねない」


 息をくように、コーヒーを一口。


「ウェポンと適合者が一定数揃えば、我々も次の段階に進めるんだがな……エンジニアたちの進捗はどうだ?」


「四苦八苦してますよ。それに、どれだけいいウェポンが作れても、それを使う人が見つからなくちゃ宝の持ち腐れっすね」


 苦笑いする守につられて、上達部も苦笑する。


「更生施設の人間たちには負荷が大きいが、一般市民を巻き込むというのもリスクが大きい」


「そりゃ、なんて国中探せばわんさかいますけど……シードに食われて暴走するのが顛末っすもんね」


「自身で気づけるものでもないからな。そうだ、隊員への適合手術の件はどうなったんだ? エンジニア達が別途で進めていたはずだが」


「百人の隊員が実験に参加して、そのうち適合者となったのはたった一人だけ……らしいっす。幸い、暴走することはなかったそうで」


「成程……今の実質的戦力は、特殊部隊と田中くんだけか」


「本人の前で田中なんて呼ばないでくださいね、あいつ田中って呼ばれるとキレますよ」


「はは、そうだったな」


 すると、守はそういえば、と手を合わせる。


「上達部さんの娘さん、ウェポンを一人で作ってるんですよね? 地元の高校通いながら」


 娘、という言葉に、上達部は手を止めた。


「娘……かこ……はぁ」


 突然肩を下ろす上司に、守は恐る恐る尋ねる。


「……また、なんかあったんすか?」


「囲……最近口も聞いてくれなくなって……」


 先程までの威厳あるオーラから一転、情けない声を上げる上司を、守は必死にフォローした。


「あ、いやいやその⁉ 上達部さんは悪くないっすよ‼ ほら、娘さんも思春期真っ只中だから……」


「いや、わかってるんだ。囲には囲にコミュニティがある。若いうちに色々経験するのは大事なんだ。だから俺が介入しちゃいけないって……でも俺、どうしたって心配で……」


「そりゃ心配しますよ一人娘なんですから! いやー、囲ちゃん凄いじゃないですかー! あんなに若いのに一人でウェポン開発なんて、ねえ!」


 未だ若い部下の必死のお膳立てに自ら情けなさを感じつつ、上達部は深い溜息をついた。


「……ウェポンはともかく、いま我々が急ぐべきは、シードの足取りを掴むことと、適合者を探すことだ」


「適合者、見つかりますかねぇ」


「なんとしてでも見つけるんだ。シードの脅威が、これ以上人々の生活を脅かす前に」

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