中二ちゃんはメカ子から逃げられない(仮)
亜阿相界
第一話
選ばれた人だけ行けるが天国があって、その他大勢が社会の歯車を回す地上があって。きっと私は、その間、厚い雲にでも絡まっているんだと思う。蜘蛛の巣に引っかかっている虫みたいに。
雨が降っても、風が吹いても、どこにも足をつけられないまま流されて、気づいたら目を閉じて、ふわふわな夢に包まれてまた夢を見て。
でも、私の足は、夢にも理想にも、現実にもつかないんだ。
「――に、ゆに? 起きて、ゆに‼」
「……んむ」
体を揺すられる感覚に、呼ばれる自分の名前。神立ゆには、机からのっそりと顔を上げた。
「なあに……いまならぁあたしのユニゾンスパークが……」
おぼろげな寝言と共に声の方を向くと、中年の数学教師が半笑いで声をかける。
「神立、今日は異世界か?」
その声に、教室中がどっと笑う。瞬間、ゆにの意識は覚醒する。反射的に立ち上がり、椅子ががたりと鳴った。
「あっいやそうじゃないんですいやそのちょっと寝ぼけてぶっ放したというかなんというか」
「寝起きなら顔洗ってくるか?」
「いや、ダイジョブです」
くすくすと、教室のあちこちから聞こえる笑い声、嗤い声。癖になってしまったマシンガンのような口調に、我ながら嫌気が差した。勿論、夢にも。
「で、今日はどんな夢だったの?」
放課後。掃除が終わって人が斑になった教室。最後列の隅の席で、るるはリュックに教科書を詰め込みながら、問いかける。るるの隣、窓側の机に突っ伏したゆには、ふてくされ気味に答える。
「誰が言うもんか」
「ユニゾンス――」
「なんで覚えてるのバカ」
「ゆにのノートの存在を知らされたくなかったら……」
「はいもう何もいいませんあたしが百割悪かったですごめんなさい」
「マジLOVE?」
「いや
「素早い反応、流石ゆに。オタクの鑑だね」
「嬉しくないし」
「褒めてるよ、オタ活も勉強もなんでもできちゃう中二ちゃん」
「はいはい、どうせ器用貧乏ですよ」
ゆには、机の上に腕を伸ばして、友人の言葉を聞き流す。
中二。かんだちゆにから由来してつけられたあだ名。ゆに自身中二病は認めざるを得ないため聞き流しているが、やはり面と向かって言われてもあまりいい気はしない。
「器用貧乏でもいいじゃん、なんでもできるんだから」
「なんでもは言い過ぎ。それに、一番は取れないでしょ」
「それでも人並み以上なんだから、いいんじゃない? オールマイティなんだし。私からしたらむしろ羨ましいよ」
「そうかなあ……」
憂鬱げなゆにに、るるはそう答えた。しかし、彼女なりの励ましも、ゆにには届いていないようであった。先程から動いているのは言葉だけ。顔は伏せているのでくともとも見えないし表情は伺えないが、死んだように突っ伏す友人には何を言っても無駄らしい。るるは話題を変える。
「……あ、そうだゆに。いい加減決めた?」
「何を」
「しらばっくれないでよ、志望校」
「死亡鉱?」
「物騒だね」
「始皇帝?」
「私が?」
「お前じゃねぇよてかツッコミ放棄すんな」
「ボケてる暇あるなら考えたら? 志望校」
「……」
ようやく言葉を濁らせたゆにに、るるは溜息をつく。
「もう高三の春だよ? 私達受験生なんだから」
「私、受験しない……したくない」
「とか言って。親、厳しいんでしょ?」
「そうだけど……勉強、つまんない」
「進学校でそれを言うかね」
呆れ半分のるる。しかし彼女の言葉は、何一つ間違ってなかった。
ゆには、世間一般でいうところの受験生。1月の共通テストに向けて、ひたすら参考書と向き合う日々……の筈なのだが。
「いいでしょ、やることはやってる」
「二者面談で何も言われなかったの?」
「言われたけど……やりたいことないし。行きたい大学ないし」
「でも、三学期の期末、学年で二十位だっけ? 今からでも狙えるって」
「なんでるるはあたしを進学させたがるの」
「え? ソレ以外ないでしょ?」
「あるよ」
「あるの?」
「……自宅警備員とか」
「ニートじゃん」
「じゃあるるは……」
「看護師」
「……そっか、看護科か」
ゆには呆然と呟いた。飄々とした割に彼女はちゃんと進路を見据えている。否、ゆに以外が正しいのか。
「なんか、ごめん」
「まあいいけど。あ、そんな神立くんに耳寄りなことを教えてあげよう」
「何?」
「
「噂?」
「S大の工学部の推薦、もらってるらしいって噂」
ゆには、人の気配が全くしない前の席に視線をやった。
「すご……で、それがどうしたって」
「どこぞのゆにと違って、もう進路が決まってる人もいるって話」
「ふうん」
るるの話も、耳から入ってそのまま流れていった。
ゆには、イマイチ力の入らない手で、机の中を探る。しかし、
「あれ?」
「どしたの」
「いや」
あるはずの感覚がないことに、ゆには冷や汗を流す。
……どこかでなくした? いやあのノートはここにしかおいてない持ち歩いてなんか……
「……もしかして、あのノート?w」
「ちょっ、なんで知ってるの⁉」
机から飛び跳ねたゆにに、るるは笑う。
「なんだっけ、『唯一無二』の……」
「ぎゃあああああああ掘り起こさないで!」
「『我が名は
「暗記すんなバカ‼︎」
彼女の鳴き声にも思える悲鳴は、静かな教室に響いた。
教室に残って勉強をしていたクラスメイトが、ちらりとこちらを向く。その目線に苦笑うと、ゆにはるるに耳打ちする。
「やめて掘り起こさないで! あれは、その、私の……」
「現在進行系の黒歴史?」
るるの言葉に、うんうんと何度も首を縦に振るゆに。るるは小さく溜息をつく。
「……ゆに。いつまでも現実から逃げてちゃ、ほんとになんにもできないよ?」
「……ねえ」
「ん?」
「るるは、ヒーローって信じる?」
ゆにの質問に、るるはうーんと天井を仰いでから答える。
「どうだろ。でも、悪いやつがいないなら、ヒーローなんて必要ないよね」
るるの至極正当な言葉に、ゆには口を噤んだ。
「ゆに、やればできるんだから。頑張ろうよ」
るるの励ましは、心做しか軽かった。
「じゃ、私塾あるから」
るるは、重たそうなリュックサックを背負い、ゆにに手を振った。
「ばいばーい、中二ちゃん」
軽く手を振り返す。教室に取り残され、ゆには両手の中に顔を
るるを含め、ゆにの周りは変わり始めていた。去年までインターハイ出場を目指して日々汗まみれだった運動部も、クラスの中心でキャピキャピと騒いでいた陽キャたちまでも、皆して机に向かってシャーペンを走らせる。1月に待ち構える共通テストという壁に向かって、世間一般の受験生は日々努力という努力を重ねていた。
ゆにだって、何もしていないわけじゃない。勉強をして、いい成績をとって。ただ、夢という現実に向かって必死になる周りの人が、キラキラしていた。
あたしが輝かないから、他の人が輝くんだ。ゆには何度も自分にそう言い聞かせてきた。
もう、目をつむって眠ってしまおうとした瞬間、ゆにのスマホが着信音をあげる。机の横にかかった黒のリュックサックからスマホを取り出すと、画面には一件のメッセージが流れる。
『勉強頑張ってる? テストも近づいてきたんでしょ? 一番取れるように頑張ってね。夜、今日も帰り遅くなるから冷凍パスタとか食べててね😊 お母さん』
また、一番。
ゆには、ロックを開かないままそのメッセージを見つめ、そのまま電源ボタンを押した。
リュックサックにスマホを押入れ、代わりに筆箱と数学Ⅲの問題集とルーズリーフを取り出す。
もう、自問自答も遅かった。
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