第8話 森は悲鳴を上げている

 ライフィガロの森は明らかに彼らを歓迎していない。デッカーの≪風を読む者≫が不穏な空気を感じ取って警告して来た。もしかしたら前回にやって来た時よりも森の中は厳重な警戒が敷かれているかもしれない。


 森の前で【放たれる光の矢】のトーマンとロストンがヨハナとアルドナに指示を出して準備を進めている。そのまた向こうには【トリニアクーパー】の面々が待っている。


 森へ着いたのは【ロンドリアンの盾】が最も遅かったようだ。


 【トリニアクーパー】のエッダが馬車を下りたアダルを認めて手を挙げて挨拶をした。アダルもそれに返して準備を待っている。


 各ギルドの実力者がそこに集まっていた。中でも【放たれる光の矢】のトーマンとロストン、【トリニアクーパー】のエッダとライモンドが群を抜いている。それだったがその中でも最も強いのがアダルであるのをミケルは把握している。その一隊の中に転生者はいない。それだけ分かるともうミケルの興味はなくなった。



「さて、中へ入ろう」



 トーマンが言うと皆が頷いて森の中へと足を踏み入れた。


 一行は固まって隊列を作るとそれぞれが気を配りながら奥へと向かっていく。



「アダル、久しぶりだな」


「エッダ、元気か?」


「私は元気さ。身体を鍛えているからな。病気になどかかるものか」


「ならいいさ」


「ところでアダル、初めにこの森にやって来た理由を私たちは知らないんだが、どうしてやって来たんだ?」


「【魔女の小指】のソフィアからアスレ草の若葉を取って来るように依頼があったんだ。初めに来たのはその若葉の収穫のためだよ」


「なるほどな。ソフィアの依頼か。フィルハイツェーナと闘ったんだろう?」


「そうだ、全部で9体のはずだ」


「うん、それは報告で知っている。おっと見えて来たな」



 エッダが言うように一隊の進む先に前回に戦ったフィルハイツェーナの死体が転がっていた。


 そこには7体しかいない。



「7体だ。残りの2体はどこだ?」



 トーマンがデッカーとアダルに尋ねた。



「俺が少し離れた所で2体を倒した。ここから離れた所に死体が転がってるはずだ」


「なるほどな。つまり逸れたのか?」


「そうだ、まずはハドマーがフィルハイツェーナの巣に足をとられた事から始まったんだ。そこから4体のフィルハイツェーナが襲い掛かって来た。アダルが組を作って迎え撃てとみんなに指示を出したんだが俺の周りには仲間は居なかった。組を作れないままでいると後ろの方から新たな2体が迫って来ているのに気が付いて俺はそこから距離を取る事にしたんだ。そこから決定的に逸れてしまったがこれを撃退すると合流した。その時にはフィルハイツェーナは7体に増えていた」



 デッカーの状況説明にアダルは頷いてデッカーの言う事の正しさを確固たるものとした。



「となるとここからそれほど離れた場所に行ったようにも思えないが死体があるようにも見えない」


「トーマン、見ろ」



 ロストンが指で示したところにはフィルハイツェーナの巣が広がっていた。



「なるほど、確かにフィルハイツェーナがここまで出て来ているのは珍しい」


「奥へ行こう」



 エッダが先を促した。彼女たちはすでに奥へ進もうとしていて彼らの話が一区切りつくのを待っていたらしい。



「元々のフィルハイツェーナの巣の場所まで進もう。そうすれば分かる事もあるはずだ。この人数なら成体を相手にしてもいくらかは平気のはずだ」


「うむ」


「アダルもいるしな」


「あまり当てにするな」


「謙遜するな。お前は強い。どうだ、【トリニアクーパー】に来る気にならないか?」


「ならんな」


「我がギルドはいいぞ。お前にぴったりだ。その鍛えられた肉体は我がギルドにこそ相応しい」



 エッダが言うようにアダルの身体は引き締まっていて鍛え抜かれている。エッダを初めとして【トリニアクーパー】のギルドメンバーはみんな身体を鍛えた形をしている。エッダの隣を歩いているライモンドは胸板の厚みがデッカーの2倍はある。



「行く気はないぞ」



 エッダはそれからもアダルに対して勧誘を続けた。エッダは会うたびにアダルをこうして勧誘するのでもう慣れているアダルはエッダの勧誘を軽く流していく。



「着いた、ぞ」



 先頭を歩いていたトーマンが言った。それには驚きが隠せていないのが彼らに伝わった。



「なんだ、これは?」



 目の前に広がる凄惨な光景を見たロストンが言ったが誰もそれに答えなかった。


 調査隊は、フィルハイツェーナの巣までやって来た。そこは森の深部で木々の間も蜜になっている。


 フィルハイツェーナの巣はすでにぼろぼろで再建されていない。というのもそこにフィルハイツェーナの成体の死体が5体転がっていたからである。酷い臭いがした。彼らは鼻を覆って調査を始めた。



「すでに1週間は経っているな。それにしてもなんだこの状況は?」


「初めて見る。こんな森は」


「1週間が経っているとなるとデッカーたちが闘ったよりも前にこの戦闘があったと考えていいな」


「そうだな。だが、これは戦闘とは呼べない。一方的な虐殺だ」


「フィルハイツェーナは新しい所に巣を作ったのだろうか?」


「恐らくはそうだろう」


「じゃあ、森の前線に張っていた巣はなんだ?」


「防衛線、だろうな」


「防衛線?」


「恐らくだが、戦闘後にこれを行なったものが森の外へと向かったに違いない。そして生き残っていたフィルハイツェーナが防衛線を張って警戒したんだ」


 デッカーは話を聞いていたが全く驚いていない。というのも全てミケルが行なった事だからである。この峠を越えた時、ミケルは肉体を内包する魔獣に明け渡した日がある。だが、その魔獣たちはこの森に住む魔獣たちに拒絶されて迫害された。もちろんながら攻撃もされたので自衛のためにやり返す。その後に残ったのがこの光景であった。


 ヨハナとアルドナが1体のフィルハイツェーナの死体に致命傷を与えた傷に注目していた。それは鋭い爪による攻撃で蜘蛛の肉体を深いところまで切り裂いていた。


「相手に傷を与えただろうか?」


「いや、与えていないだろう。敵が何かは分からないがここにはフィルハイツェーナの他に血痕がない。この蜘蛛たちが暴れた痕跡はあるがな」


「ライフィガロの森はこのフィルハイツェーナとシャアフニーギィが主要の森だ。もちろん他のモンスターも居るがな。この二種族がこの森の中でもっとも大型で広い範囲を棲み処としている。シャアフニーギィの方も調べよう」


 シャアフニーギィは鳥型のモンスターで翼を広げると大きさは五メートルを越える。鋭い爪と嘴を持っていて硬い羽根は容易に人の皮膚を切り裂く。基本的に三頭で行動するモンスターで雄二頭、雌が一頭で雄の方が攻撃的で気性が荒いので知られている。ロンドリアンの都市の者もこの峠を越える時にはフィルハイツェーナはもちろんだが最も警戒すべきなのはこのシャアフニーギィだと言っていた。


 フィルハイツェーナの惨状から移動していくらか経った頃に彼らはシャアフニーギィの戦闘の痕跡を発見した。地面や木にシャアフニーギィの放った羽根が突き刺さっているのを目にしたし、爪で抉った痕すらもあった。


 そしてまた数体のシャアフニーギィの死体を発見した。この魔獣の死体も無惨な状態で死後一週間は経過していると思われた。


 あのフィルハイツェーナと戦闘を行なったものと同じものがこれを行なったと結論付けると彼らはこのものは間違いなくこの森の中で最も強いと考えた。


 そしてアダルはそれが黒狼のした事だと真っ先に考えていた。あのフィルハイツェーナの惨状を見た瞬間から頭にあった事だがこのシャアフニーギィを見た時に確信へと変わった。


「これも、戦闘などとは言えない。虐殺だ。それも明らかに怒りを伴ったような行ないだろう」



 この調査隊にさっきまでの余裕はない。雑談をするほどの和気藹々とした余裕は掻き消えていた。


 アダルはデッカーへと近付いて耳打ちした。



「デッカー、これは明らかにあの黒狼の行なった事だ。私たちは黒狼の報告をしていない。もし、あれがこの近くに潜んでいるとしたら非常にマズい。情報を共有するべきだと思う、今からでも遅くない」



 すると聞きつけたハリソンとハドマーが同意して促した。



「そうだな、そうしよう」



 デッカーが頷くのを見たアダルはシャアフニーギィの惨状を調査している一行を呼んだ。



「聞いてくれ、実は報告していない事があるんだ」



 トーマンとロストンは手を止めて話し始めたアダルの方を見た。



「実は私たちがフィルハイツェーナと戦闘していた時に私は一匹の黒狼を見たんだ。あれは間違いなく強い。それも恐ろしいほどに。恐らくこの惨状はその黒狼との戦闘の結果だと思う」



 アダルの話を聞いた調査隊は黒狼の痕跡を辺りから汲みだすためにまた綿密な調査を行うのだった。



「なぜ、報告を怠ったんだ?」



 ロストンがアダルに尋ねた。その目には明らかに怒りのような色を帯びていた。



「黒狼を見たのは私だけだったからだ」



 「他の者は見ていない」とアダルが続けるとロストンはデッカーの方を見て同じようなきつい口調で言った。



「デッカー、お前は仲間と離れた場所に居たと言っているな。お前も見なかったのか?」


「見なかった」



 トーマンとロストンはこの怠慢に怒っている。

 エッダとライモンドが仲裁に入った。



「だが、話してくれてよかった。そうした者がいると分かっただけでもこの場では良い方向に働くだろう」


「そうだな。アダル、お前だけが気付いていたのか?」


「そうだ。最初は森の外で一晩過ごした頃に気が付いたんだ。私たちが森に入ってからもその気配があったが戦闘後には消えていた」


 トーマンとロストンはひそひそと何かを話しこんでいる。



「アダル、恐ろしいほどに強いと言ったな。どれくらいだ?」



 エッダに尋ねられてアダルは率直に答えた。



「確実に私よりも強い。あの時に闘っていれば全滅は免れなかっただろう」


「ふん、アダル、お前はいつから自分を過小評価するようになったんだ?」


「事実だ」


「気に入らないな」



 エッダはアダルを認めている。アダルの実力はこの調査隊の中でも随一だろう。それが闘わずして負けを認めるのはエッダにとっては信じがたい事だった。



「トーマン、ロストン。ひとまずは協力して調査を続けよう。不満はあるだろうがそれはこの森から出た後にぶつけてくれ」



 ライモンドが二人に言うと彼らは再び調査を始めるのだった。ただ彼らの目は明らかに不満と懐疑を表している。



「すまない、エッダ、ライモンド」


「いいさ、お前の実力は誰もが認めている。だが、それに甘えてはならない」


「ああ、もちろんだ」


「行こう」



 シャアフニーギィの戦闘の調査を一区切りして一隊はさらに奥へと進んで行った。



「今後の最優先事項としてはその黒狼がこの森に居ついているかを調べる事だな」


「そうなるだろうな。ただ黒狼となると本来の生息地からだいぶ距離がある。大陸を渡って来た事になるぞ」


「そうだ、それは可能なのか?」


「黒狼は泳げるからな。アダルが見たのは成体だったのか?」


「いや、生まれてそれほど月日が経っていない個体だった。身体は小さかったよ」


「黒狼にも種類があるがその中でも体高が一メートル半のものが報告されている。それ以上となると新種だな」


「その黒狼でもシャアフニーギィやフィルハイツェーナを相手にこれだけ圧倒的になれるものかな?」


「分からん。ただ生まれたばかりの個体では不可能だろう。成体がすぐそばにいるのかもしれない。群れをなしてこの森に居つくとなると今後の事を考えなくてはならないぞ」



 彼らは森の中を調査した。【レンジャー】のスキルを持っているデッカーには様々な情報が伝えられる。それを皆に共有した。その一帯に黒狼はいないと彼らは結論を出した。ただこの森は広い。更なる調査が必要だろうと彼らは考えている。


「どうする?」


「まだ正午だ」


「日暮れにはこの森を出たい」


「そうだな。もう少しだけ奥へ進もう。この先に大岩があったはずだ。その周りを調査し

て終わりとしよう」



 調査隊の皆がトーマンとロストンの言う事に頷いた。森はどんどんと背を伸ばして行き、樹も密生していく。調査隊は互いに声を掛け合いながら奥へと進んで行った。


 すると「ギャア!」という獣の鳴き声が聞こえて来た。


 樹上から無数の鋭い羽根が襲い掛かって来た。



「シャアフニーギィだ!!!」



 成鳥が三頭いた。一頭が鋭い爪を光らせて襲い掛かって来る。



「戦闘になるぞ!」



 エッダが迎え撃った。スキル【鋼の肉体】でシャアフニーギィの羽根を受けきると彼女は力強い両腕で木の太い枝を折ると棍棒代わりにそれをシャアフニーギィの頭部へと叩きつけた。


 トーマンとロストンも成鳥の一頭を迎え撃っている。


 アダルも残る一頭を相手にした。


 すると樹上を旋回する幼鳥が群れをなして援軍としてやって来た。


 酷い鳴き声が大合唱するように辺り一帯に轟いていた。どのシャアフニーギィもとても興奮していて攻撃的になっている。この先に巣があるのだろうと誰もが思った。


 デッカーは剣を抜きだすと襲い掛かって来る幼鳥を相手にしてそれを振るうが幼鳥を相手でもそれは歯が立たなかった。


 爪に弾かれて大きな体躯で体当たりをされるとデッカーは吹き飛んでしまった。ハリソンが駆けつけてデッカーを守るがハリソンのダメージも深刻だった。



「皆、伏せろ!!!」



 アダルが叫んだ。


 すると彼女はスキル【雷撃の王】を使って剣に雷を纏わせるとそれを地面へ突き刺した。稲妻が辺りに放散した。シャアフニーギィは雷に打たれて怯むが決して攻撃を止めようとしなかった。


 ただ隙は出来た。エッダとライモンドは渾身の一撃をシャアフニーギィの成鳥の頭部へお見舞いするとピクリとも動かなくなった。彼らは一貫して頭部への攻撃を続けていたのである。


 幼鳥の幾匹かが防御態勢のハリソンとハドマーの方へと迫っていた。


 アダルは目の前にいる成鳥へ再び雷撃を浴びせると焼けた臭いが鼻につくのを感じながら振り返った。


 ハリソンの苦悶の声が聞こえて来た。アダルは持っていた剣に雷を纏わせるとそれを幼鳥へめがけて投げつけた。


 幼鳥の背に剣が突き刺さると迸る雷が周りを飛んでいた他の幼鳥にも襲い掛かって地上へ落としていく。その間にデッカーやべルティーナが幼鳥に止めを刺すのだった。


 アダルが相手をしていた成鳥が高く飛び上がって彼らの頭上を旋回している。大きな身体を器用に操って枝の隙間を縫うように飛んでいる。鳴き声が辺りに響いた。仲間を呼ぶ時の鳴き方だとアダルは思った。



「仲間を呼んでいる!」



 ロストンが叫んだ。早く決着をつけなければならない。


 アダルは予備の短刀を抜くとスキル【神域の一撃】で短刀を持つ腕に力を込めていく。強い魔力を帯びていくアダルの腕が光輝を放っている。


 そして木の枝や生い茂る葉に翼や身体を擦る音が徐々に大きくなっていてシャアフニーギィが近づいて来るのが分かった。


 アダルの頭上で翼を大きく広げたシャアフニーギィは鋭い羽根を大量にアダルめがけて放った。


 アダルは木の幹を盾にそれをやり過ごすとその突き刺さった羽根を足掛かりに幹を伝って飛んでいるシャアフニーギィへ迫ると渾身の力を込めている短刀で鳥の首を切り裂いた。


 辛勝だった。襲い掛かって来たシャアフニーギィを全て倒す事は出来たが無傷とは言えない。ハリソンは酷く傷ついていてイデリーナの治療を受けているし、トーマンやロストンもヨハナから治療を受けている。


 デッカーも無事だった。吹き飛ばされたのを見たがどうやら傷は少ないらしい。それを見て安心したアダルに気付いたデッカーが軽く手を挙げて無事を報せた。



「やはり強いな」


 エッダがアダルの肩に手を置いて言った。



「勝てたが妙な感覚が残ってる」


「妙な感覚?」


「ああ、よく分からんがな。このシャアフニーギィの事を調べたら分かるかもしれない」



 治療を終えたロストンとトーマンもシャアフニーギィの死体を調べだした。


 それから少しの間、彼らは全くの無言だったがライモンドが沈黙を破った。



「どれも俺たちが付けた傷ではない大きな傷を負っている」



 誰もがそれに気が付いていた。彼らに襲い掛かって来たシャアフニーギィは全て手負いの野獣だった。だからこそ興奮していて攻撃的だったのだろう。



「この傷は黒狼との戦闘で付いたのだろうか?」


「そう考えていいだろうな。もう時間も少ないし、この状況で黒狼に出会うと我々は全滅するぞ」


「そうだな。だが、1つだけ確認しておこう。シャアフニーギィはこの奥からやって来た。大岩の周りで巣を新たに作るようになったのかもしれない。それだけでも確認するべきだ。あの大岩はこの森の中にあるひとつの指標だからな。あれの周りがどうなっているかだけでも確認しよう」


「分かった」


 ハドマーがハリソンに手を貸して調査隊はシャアフニーギィがやって来た奥へと足を踏み入れた。


 そして彼らは驚愕に言葉を失った。


 密生していた木々は全て薙ぎ倒されていて彼らが指標にしていた大岩は大きな獣に衝突されたように粉々に砕かれていた。辺りにはシャアフニーギィの死体が無数にあってかなり激しい戦闘の跡が残っている。そして全てを薙ぎ倒した化物が奥へと突き進んでいった獣道が開けているのだった。


 調査隊はその時にひと際大きな黒狼の足跡をそこで見つけた。樹高40メートルはあろうかという木が4メートルほどの高さの所で体当たりされたように完全に折れてしまっている。それが獣が開いた道の左右に積み重なっていて調査隊の面々を恐怖に震撼させるのだった。


 とても強く大きな獣がいる。それもこの森に棲息する魔獣たちをたった1匹で蹂躙するほどに強い獣が。



「アダル、お前が見たのは本当に小さな黒狼なんだな?」


「そうだ、とてもこんな事が出来る大きさではない。もしそうだとすればあれを見た時に私たちも薙ぎ倒されているはずだ」


「とんでもない魔獣がこの森に潜んでいるかもしれないぞ。引き返そう」


「賛成だ。今の我々では明らかに準備不足だ」


「生まれたばかり程の黒狼とこれを行なって、そしてこの足跡ほどの黒狼がいる。2頭は確実にいるんだ」


「体高3~4メートルほどはある計算になるぞ」


「そんな黒狼が居てたまるものか」


「だが、そうでも思わなければこんな状況は作れない」


「報告に帰ろう。すぐにも、だ」



 そうして調査隊は森を出て行った。


 デッカーに扮するミケルはこの凄惨な状況を作ったのは他ならぬ自分たちだと理解している。再び調査隊のメンバーとしてそこにやって来て驚愕する人間たちを見るのは愉快な喜劇を見ているような気分になって笑いを堪えるのに力を要するほどだった。


 ロンドリアンに辿り着いた時には彼らは疲労困憊に倒れてしまいそうだった。べルティーナもイデリーナも前回のように元気な様子はない。


 トーマンとロストンが一行に言った。



「我々が調査報告書を作成する。各々がギルマスに報告してギルド内で共有する分には問題ない」



 そう言い残して【放たれる光の矢】の面々はギルドへと戻って行った。彼らが1日半かけて戻って来た道中に情報は全て共有してまとめてある。


 解散となって一同はそれぞれの家路へと着いた。エッダは帰って来た後にもアダルを【トリニアクーパー】へ勧誘した。


 トーマンとロストンはギルド内で遅くまで話し合った。【放たれる光の矢】のギルマスもそれに加わって調査を要請した都市の議会へと提出する報告書を作成した。



[・森のモンスターが壊滅状態であった事

 ・それを行なったのが突如として森へ現れた正体不明の怪物である事(それと戦闘したモンスターの傷や周辺状況:足跡や折れた木から大型の黒狼である可能性)

 ・結果=十分な装備と人員から森の全域の再調査の必要性(黒狼の住みつきの有無)]



 これに加えて【放たれる光の矢】の者たちは【ロンドリアンの盾】の者たちによるこの黒狼(子)の未報告の怠慢を付け加えて報告する書を書き上げた。


 作られたそれはすぐに【放たれる光の矢】のギルマスによって議会へと届けられた。


 その頃、デッカーは【ロンドリアンの盾】のギルド本部で受付のヘルマに調査へ行っている間にずっと気になっていた【シュヴァルツ・コリダー】の件を尋ねていた。



「あれねー、まだ解決してないらしいよ。なんでも【ステッキとルーペ】の連中が【トート】の痕跡がないって確言したんだって」


「そうか、目撃者がいたと言っていたじゃないか。あれはどうなったんだ?」


「うん、それだけどね、信じがたいって言われてるんだけど」



 いくらか戸惑うようにヘルマが続けた。それはあまりに信じられないと言わんばかりな様子だった。



「なんでもね、10歳くらいの男の子の犯行で、農夫らしき古着を着てたんだって。それでね、6人全員をたった1撃ずつで終わらせたんだって」



 「信じられないでしょー?」とヘルマは続けている。デッカーにはそれで十分だった。



「そうだな、少年というのは信じられないな」



 そう返事をするとデッカーは礼を言ってギルド本部を出て行った。


 どうやら本当に目撃者はいたらしい。それだけ分かるとデッカーは自分の優位は未だに変わっていないという確信を強めながら自宅へと戻って行った。

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