別れの日に縁を、桜の季節に告白を

束白心吏

別れの日に縁を、桜の季節に告白を

 卒業式を終え、三年間お世話になった司書さんに別れの挨拶をして廊下に出ると、「遂に卒業なのか」という実感が現実に追いついて来た。

 高校生として、高校でやりのこしたことは全部終わった――それがトリガーになったのかもしれない。とはいえまだ一つ、高校で行く場所が残っているのだが。正確には、白菊しらぎくからの呼び出しが。

 この用を果たせば、俺は今後、この学校に来ることはないだろう。そう思うと、歩幅は自然と小さくなり、普段なら見ないような外の景色に目が行く。


「儀式……か」


 中庭で堂々と花を咲かせている桜を見ていると、ふとそんな言葉が漏れた。理由はわからない。だが追随するように思考は流れていく。

 桜の花の蕾が開くことで春の訪れを迎えるように、桜の花が散ることで夏が近づいていることを感じる。こうした些細な、自分とは無関係な変化を感じて、自身と関係のある変化を受け入れていく……それはまさしく儀式だろう。どことなく卒業式は桜と似ていると思った理由にようやく満足のいく納得をした。



  三年間通った文芸部の部室には先客がいた。

 いや、先客という表現はこの際不適当か。俺の引退と同時に、この部屋の長となった後輩なのだ。既に来ていたという方が正しいだろう。

 白菊は窓際で外の桜を眺めていた。見た感じ、俺が来たことには気づいていない、というより上の空と言った様子。表情が伺えないから何とも言えないが。

 後ろ姿とは言え絵になるな。開いた窓から入ってくる微風で煽られ靡いてる長髪や外で散る桜の背景もあってか、白菊のいる場所だけ映画のワンシーンのように美しく見えた。

 ……そういえば、この部屋から桜を見たのは何気に初めてかもしれない。多分、位置的には視界に入っていたはずだが、はっきり認識したのは今日が初だろう。まさかこんな発見を卒業後にするとはな。


「白菊」


 思考もほどほどに白菊の名前を呼ぶ。彼女は驚いたのか微かに肩を震わせ、何事もなかったかのように振り向いた。


「来てくれたんですね。先輩」

「流石に、何も言わずに帰ったりはしないさ」


 そう口にしながらいつもの席に腰掛ける。白菊は一番近くの席に座った。

 ここに座るのもこれで最後と思うと感慨深いものがあり、普段は見渡さない教室中や窓の外に目を向けてしまう。はたしてこんな景色だったか……思えばこの席では読書ばかりしていて、周りの景色は殆ど見ていなかったのかもしれないな。


「すまない。少し遅れてしまった」

「いいですよ。先輩、人気者ですから」


 そう言って白菊は目を瞑ってニコリと微笑む。

 お前の方が人気だろう? と言うと何故か露骨に不機嫌になるので言わない。言われて嫌がることでもないと思うのだが……俺が贔屓してると思われてるのか?


「なんか、あっという間でしたね」

「本当だな」


 喉元過ぎれば――なんて使い古されたフレーズだ。しかし実際に体験してみるとそれは本当なんだと実感が湧く。


「そういえば、再会した時もこうして、この部屋で二人だったな」

「――ですね」


 懐かしい。あれからもう二年も経つという事実に驚きを覚える。

 白菊とは中学の頃から同じ部活、趣味だったこともあって交流を持っていた数少ない親しい人物だ。俺が高校に上がってから一年ほど空白期間はあったが、高校で再会後も、良い関係を築けていたと自負してる。


「今でもあの時のことは思い出せるよ。俺が読書してる時に、おずおずと、ノックまでして入って来たな」

「そ、それは思い出さなくていいですから!」


 別に恥ずかしがることでもないと思うが? 寧ろ当然の反応だと俺は思う。


「それでも嬉しかったんだぞ?」

「文芸部が存続できたことがですか?」

「それもだが、何よりも白菊と高校で再会できたことをだよ」


 新しい環境で新しい友もいるが、それで過去の関係が消えるわけではない。そして新たな環境では共通の趣味を持つ人に巡り会えず少し悲しかったのもある。それも相まって、白菊が同じ高校に入学してきて、文芸部に来てくれたことはどのような言葉でも表せないくらいに嬉しかった。


「そ、そんな直球に言わないでください!」

「これくらいがいいんじゃないか? ほら、有名なバンドだって言ってるだろう? 壊れるほど愛しても、と」

「それは危険ですしそもそも歌の話ですから! わからなくはないですけど!」

「わからなくはないのか」


 ならそこまで反応しないでも……いや、これ以上この話題は止めておこう。白菊からそんな雰囲気が漏れてる。うん。

 とはいえそこまで俺の会話の引き出しが多いわけではない。一番多い引き出しのジャンルは本なので春休み前、それも図書館が閉館してから話す話題としては間違っていると言わざるを得ない。


「そういえば今日は本、開かないんですね」


 どうするか考えていると、白菊がそう聞いて来た。

 確かに今日は本を読んでいない。学校にいる中、もちろん図書館では幾冊か読ませてもらったが――更に先生のご厚意で開館時間延長も提案されたが辞退してたりもする――自身の所有する本は一文字も読んでいない。これには理由があったりする。


「流石に最後の日くらいはな。実は本を持ってこれてないというのもあるが……本を読んでいた方がよかったか?」

「不満はないですよ。私もいっぱい、先輩と話したいことありますから」

「それはよかった」

「よかった?」

「ああ、普段の活動では読書ばかりだったからな。こうしてゆっくり話すだけの時間というのも、最後くらいはいいだろうと思っていたんだ」

「――っ、ちょっと意外ですね」

「自分でもそう思うよ」


 ここだけの話、実はクラスでも驚かれていた。まさか担任にまで驚かれるとは思いもしなかったが……それほど俺=本というイメージがあったのだろう。それを喜ぶべきなのだろうか。よもや「本が本体」と言われる日が来るとは思わなんだ。


「そういえば白菊は進学だったか?」

「そうですけど……さすがに先輩と同じ大学は無理ですよ」

「む、白菊ならいけると思うが」

「自分が行く大学の偏差値見直してから言ってください!?」


 若干涙目で白菊は言う。

 確かに近辺の大学の中では一番難しい大学だとは認知してるが……クイズ番組に出てる人達の大学と比べれば全然低いぞ?


「確かに頑張れば追いかけられますけど、それからが無理な自信あります」

「まるで経験したかのように語るな」

「それは……ここに入って、体験しましたから」


 自嘲するように白菊は笑う。

 白菊が成績で苦労してるという話は聞かないが……? 中学の時はいざ知らず、高校でそのような話は一度も聞いた事がない。


「むー……やっぱり、気づいてなかったんですね」

「あ、ああ……すまない」

「謝らなくていいです。先輩の鈍感には慣れてますから」


 疑問符を浮かべる俺に拗ねた様子から一転、穏やかな表情で白菊は言う。

 そ、そんな鈍感か……? いや、最近は――文化祭の後辺りから――クラスメイトに良く言われるようになったが、白菊まで言うか。からかっているのだろうと半ば無視していたが、これは少し認識を改めねばならないな。


「――私、ずっと先輩のことを追いかけてたんです。中学の時から、ずっと。ここに入ったのも、先輩がいたからです」

「――そう……だったのか」


 はぁ……確かに俺は鈍感なのだろう。よもやそこまでの想いを持っていたことを今の今まで気づくことすらなかったのだから。

 しかしそこまで言われてわからない俺ではない。鈍感は鈍感でも気づける鈍感だ。何せ趣味は恋愛小説を読むことと公言してる奴だ。最近は親に勧められて少女漫画にも手を出していたりするが――それはさておき、その中でもそうしたヒロインはいた。

 あまり現実と空想を一緒くたにしたくはないが……つまりこれは白菊からの告白なのだ。

 正直、驚いている。しかし同時に、嬉しく思う自分もいた。


「……少し前、俺は君となら上手くやれると言ったことがあったな」

「――っ! え、ええ」

「あの気持ちは、今でも変わっていないよ」

「! それって――」


 白菊の目が大きく見開かれる。こうして、コロコロと表情が変わるところは、彼女の大きな魅力だろうとふと思った。

 今思うと何とも気恥ずかしいことを言っている。いや、自分が絵にかいたような青春を送れるとは思いもしなかったからこそ出た言葉とも言えるのかもしれない。クラスメイトから散々言われた無自覚というレッテルは甘んじて受け入れようと思う。

 しかしどうやら――俺の青春はまだまだこれからのようだ。

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