第2話 提灯林(ちょうちんばやし)と暗闇の森(くらやみのもり)
子熊のバスはセイジ君を乗せて、真っ暗闇に浮かぶ沢山の提灯の間をゆっくりと走ります。
「次はー、
イギリス公園を出発して、さほど時間も
停留所には誰もいないようでしたが、プシューとドアが開き、またプシューと閉まりました。そして再び子熊のバスは提灯の中を走り始めます。
(どうして誰もいないのにドアを開けたのだろう。そういうルールなのかな?)
セイジ君は不思議に思いましたが、すぐに謎は解けました。さっきまで見なかった、とても大きなチョウチョがふわふわと飛び、セイジ君に近づいてきたのです。
「こんばんは。お兄ちゃん、お名前はなんていうの?」
そのチョウチョは子供の声で挨拶をし、名前を聞きました。白鳥や子熊に話しかけられたセイジ君は、もう、チョウチョに話しかけられても驚きません。
でも、その大きなチョウチョにはとても驚きました。
だって、話しかけてきたのは、背中からチョウチョの羽が生え、
「こんばんは。えっと、君は妖精さん?」
「そうだよ。アタシは妖精のピコ!」
元気な声で胸を張り、羽の生えた女の子は返事をします。
「ねぇ、お兄ちゃん。お名前は?」
「あ、ああ。僕の名前はセイジ」
「よろしくね、セイジお兄ちゃん!」
ピコちゃんは満面の笑顔でセイジ君に元気にお辞儀をしたので、セイジ君もお辞儀をします。
「セイジお兄ちゃんはどうして一人でバスに乗っているの? アタシはね、一人で晩御飯を買いに行ってたんだ! 偉いでしょ!」
セイジ君の返事も待たずにピコちゃんは話します。お喋りが大好きなようです。
「これをね、家族みんなで食べるの!」
ピコちゃんはそう言って、自分の背丈ほどもある、キラキラと輝く美味しそうなリンゴ飴をどこからか取り出したではありませんか。
「そうなんだ。ピコちゃんは偉いね」
「そうなの! 偉いでしょ!」
セイジ君が褒めると、ピコちゃんはまた胸を張って
「あ、家族はね、お父さんでしょ、お母さんでしょ、それからお上の姉ちゃんでしょ、真ん中のお姉ちゃんでしょ、下のお姉ちゃんでしょ、みんなで食べるんだ!」
「そうなんだ。楽しそうだね」
「うん! みんなで食べると楽しくって美味しいの! セイジお兄ちゃん
「僕には……」窓の外に浮かぶ提灯の行列を見ながらセイジ君は少し考えました。
セイジ君のお父さんは仕事がとても忙しくて、たまにしか家に帰ってきません。
お母さんも仕事をしていますが、朝ご飯とお昼ご飯と晩御飯を欠かさず用意してくれます。
セイジ君のお兄ちゃんは家から離れた高校に通っていますから、家で顔を合わせることは少ないのです。
家族の誰かとたまに二人で食事をとることはあっても、もう、家族みんなで食事をした記憶は、セイジ君には思い出せませんでした。セイジ君はいつも一人で食卓を囲んでいましたから。
「うん。みんなで食べると楽しいよ」
セイジ君はピコちゃんに嘘をつきました。
楽しそうにするピコちゃんに心配をかけさせたくなかったのです。
「楽しいよね! あ、見て! 提灯が踊ってるよ!」
ピコちゃんに言われてセイジ君が外を見れば、さっきまでじっとしていた提灯たちがタイミングを合わせて一斉に横や縦に揺れたり、とてもとても楽しそうにしています。暗闇の中で幻想的に揺れる赤く優しい光は、とてもとても綺麗で、セイジ君とピコちゃんはずっと眺めていました。
「次はー、暗闇の森ー、暗闇の森です。目の病気なら暗闇眼科でお馴染みの暗闇眼科は停留所そばです。お降りになる方はお忘れ物のなきようご注意くださいー」
いつしか提灯の行列は終わり、街灯と停留所の光るポールだけが夜道を寂しく照らしています。
停留所に到着するとピコちゃんはセイジ君に「バイバイ」と別れを告げて降り、暗闇の中に消えていきました。
そしてピコちゃんと入れ替わるように、今度は女性の服を着て二本足で歩く、ふっくらとした猫の親子が乗ってきました。
初め、猫の親子はセイジ君の向かい側の席に腰かけましたが、すぐにリボンを付けた小さな猫の女の子がセイジ君の隣に座りました。それを見たお母さん猫も、女の子の隣に移動します。
じっとセイジ君を見つめていた小さな女の子は、好奇心の塊のようにセイジ君に話しかけます。
「ねえねえ、お兄ちゃん。お兄ちゃんはどこから来たの? どこで降りるの? 一人なの? お母さんは一緒じゃないの?」
「これ。知らない人にそんなに沢山聞くんじゃないの」
お母さん猫が女の子を注意します。続けてセイジ君にお願いをしました。
「ごめんなさいね。この子、何にでも
「はぁ……。良いですよ」
セイジ君はお母さん猫に気のない返事をした後、目を輝かせてこちらを見ている女の子と目を合わせて話し始めます。
「どこから来た、か。僕はイギリス公園からバスに乗って来たんだよ」
「イギリス公園! 芝がふかふかしていて好きなの!」
女の子はイギリス公園がお気に入りらしく、セイジ君の答えに大袈裟に喜びました。
「降りるのもイギリス公園だよ。子熊の運転士さんが、ぐるっと大きく回るって教えてくれたんだ」
「面白そうね!」
女の子は今度はケラケラと笑います。
「一人でバスに乗ってるんだ。お母さんは家にいる」
「そう。変なの」
予想外の反応にセイジ君は動揺しますが、女の子は続けてこう言いました。
「子供がお母さんと一緒にいないなんて絶対に変よ。だって、私はお母さんのことが大好きだもの。いつも一緒にいるのよ」
「やだよ、この子ったら人前で」
女の子の発言にお母さん猫はとても嬉しそうに照れていますが、セイジ君の顔は寂しそうです。
女の子は構わず、次の質問をしてきます。
「ねえねえ、お兄ちゃん提灯林を通って来たんでしょ? 綺麗だった? 綺麗だった?」
キラキラとした目で話す女の子にセイジ君は答えていましたが、やがて女の子は疲れたのか、お母さん猫の膝で丸くなって寝てしまいました。
「この子のお喋りに付き合ってくれてありがとうね。あなたには悪いと思っていたけど、とても楽しそうにしているこの子を見たら、どうにも止められなくて。だってこの子は私の宝物なんだから」
セイジ君がふと窓の外を見れば、エメラルドや琥珀のような輝きが、目のように二つ、暗闇の中にいくつも浮かんでいます。それはとてもとても優しい
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