第3話 星雲ガスの丘(せいうんがすのおか)と光キノコの洞窟(ひかりきのこのどうくつ)

「次はー、星雲せいうんガスの丘ー、星雲せいうんガスの丘です。お降りのお客様はお忘れ物、落し物が無いかご確認下さい」


 暗闇の寂しい森を抜けると、地面から色とりどりの輝くガスが噴き出す場所に出ました。

 それを見たセイジ君は思わず鼻と口を塞ぎますが、「大丈夫だよ。このガスは体に悪くないの」と、いつの間にか起きていた猫の女の子が教えてくれました。


 子熊のバスは停留所に着き、プシューとドアを開け、またプシューと閉じます。今度は停留所が見えたときから、はっきりと人がいることが分かりました。

 その停留所で乗ってきたのは背が高くて痩せている、白髪しらがのお爺さんです。

 お爺さんは、猫の女の子を見るなり、ポケットから棒の付いた飴を取り出して、女の子にあげました。


「ありがとうは?」

「お爺さん、ありがとう。ウフフフフ」


 お母さん猫に促されて、女の子は笑いながらお礼を言います。


「いやはや、やはり子供は可愛いもんだのぅ」


 お爺さんが口を開いたとき、セイジ君は思わず身構えました。なぜなら、牙のように尖った歯が二本、上から下に伸びていたからです。


「ど、ど、ど、どどど、ドラキュラ!?」


 お爺さんの顔を指さし、恐がっているセイジ君に、お爺さんはにっこりと微笑みながら、その牙を、他の歯と一緒に丸ごと外して笑います。


「ハハハハハ! これが恐かったんじゃな。これは入れ歯じゃ」


 それを聞いたセイジ君はほっとした表情になりました。


「なあんだ。ドラキュラかと思って逃げようと思っちゃいましたよ」

「驚かせてすまんかったの。だが、儂はドラキュラではないが、吸血鬼ではあるぞ」


 吸血鬼と言う言葉を聞いて、セイジ君は再び恐ろしくなりました。


「ホホホ。あんまり驚かせちゃだめですよ、お爺さん」


 そこへお母さん猫が呑気に入り込んできました。


「ぬ!? すまんすまん。つい反応が面白くてからかってしまった。すまんの」

「い、いえ、そんな。ところでお爺さんは吸血鬼ではないんですか?」

「いや、吸血鬼じゃよ」


 セイジ君は何とも不思議そうな顔になってしまいました。


「おお、そうか。お前さんは吸血鬼が人の血を吸うという、古い迷信を信じているのじゃな?」

「え? ええ? 違うんですか? 血を吸うから吸血鬼なんじゃないですか?」

「違うぞ。儂らはそもそも歯の一部が長く発達しただけの人間じゃ」


 セイジ君はとても驚いた様子で、目を大きく見開いてお爺さんの話を聞いています。


「普通の歯を持った人間からしてみれば、それは異常で恐ろしい化け物に見えるんじゃろうな。そういう人々の心が、吸血鬼は人間の血を吸うというありもしない話を作り出したのかも知れん」

「でも、どうして吸血鬼という名前で呼ばれているんですか?」

「ふむ。それは恐らく儂らのご先祖様が”きゅうけつき”村に住んでいたからかも知れん。数字の九、穴ぼこの穴、林や森の木、で九穴木村、じゃな」

「なあんだ。全然恐くないじゃないですか」


 セイジ君はやっと安心しました。


「でも、お前さんも、儂の入れ歯を見て恐がったじゃろう?」

「あ……、ごめんなさい」

「いや、謝る必要はない。人間とは、自分とは違う理解のできないものを恐れる生き物じゃから、それが正しいんじゃよ」

「お爺さんは、それで寂しくないの?」

「もちろん寂しいさ。だから、こうしてお前さんと話をしているんじゃ。儂とお前さんは、もうすっかり友達じゃろ?」

「はい! 友達です!」

「そうじゃろ、そうじゃろ。ハッハッハ」


 お爺さんはとセイジ君は楽しそうに笑いました。


「友達ついでにお前さんにもう一つお話しようかの」

「どんなお話ですか?」

「儂はこう見えて、昔は若かったんじゃ!」

「オホホホホ、そんなの当たり前じゃないですか」


 お爺さんは、お母さん猫に冗談が通じたので、いっそう上機嫌になりました。


「それでな、子供の頃の儂はとにかく親の話を聞かない悪ガキでのう、ご飯を食べたら歯を磨きなさい、トイレの後は手を洗いなさい、好き嫌いせずに食べなさい。ともかく色々なことを疑って、反発した。でも、疑って反発しただけで、それが正しい事なのか、間違ったことなのか、どうして親はそんなこと言うのか、全く気にかけなかったのじゃ」

「お爺さんにも反抗期があったんですね」

「反抗期というか、自分は何でも知っていて、そして親は自分のことを何でも知っていると、自惚うぬぼれていたんじゃろう。お陰で今はこのザマじゃ」


 そう言って、お爺さんは再び入れ歯を外してセイジ君に見せ、ニカッと笑いました。


「親の言うことを素直に聞いていれば良かったですね」


 セイジ君の発言に、お爺さんとお母さん猫はうんうんと頷きました。


「子供の頃にそれに気が付けば良かったんじゃがのう。儂が気が付いたのは、そうじゃな……。儂はここから噴き出しているガスで薄い色のものは好きになれなかったんじゃが、大人になってふと見たときに、薄い色も濃い色も両方とも良いと思うようになったんじゃ。親の言ってたことが分かったのはその辺りじゃな」

「次はー、光キノコの洞窟ー、光キノコの洞窟です。一本食べれば10年若返る! 光キノコのご用命は停留所前のワンコ屋まで! お降りのお客様はお忘れ物、落し物が無いようお気を付け下さい」


「おっと、時間のようじゃ。お前さんの目には星雲ガスはどう見えたのかな? ではな」

「お兄ちゃん、バイバイー!」

「娘と遊んでくれてありがとうね。元気でね」

「あ、えっと……。皆さん、さようなら!」


 光キノコの洞窟で3人は降り、セイジ君は元気にみんなとバイバイしました。

 その停留所では誰も乗ってきませんでした。セイジ君はまた一人です。でも不思議と幸せな気持ちで窓の外を眺めていました。


 光キノコの洞窟は黄緑色に光る沢山の光キノコで照らされていました。子熊のバスはのんびりとその中を走ります。

 停留所から少し走ると、洞窟の中で作業をしている人が見えました。やたらと丸っこい二本足で立つ犬でした。

 その丸っこい犬は、農家の人が着るような野良着のらぎを着て、せっせと光キノコをり、次々と袋に詰めていきます。それはとても不思議な光景でした。丸っこい犬が少しキノコをもぐと、その手には一度にたくさんの光キノコがあるのです。そしてそれは、一瞬のうちに袋に入るのでした。

 そうして袋が爆発しそうなほどパンパンになると、袋の内側から光が漏れて、薄暗い洞窟の中でそれはそれは綺麗に見えるのでした。

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