【童話】ロング,ロングロングサマーナイト,グッデイ
津多 時ロウ
宮沢賢治に捧ぐ
第1話 子熊バス(こぐまばす)
”近所のイギリス公園に行ってきます。 誠二”
(えーっと、今の時間は……、午前1時と。時刻も書いておけば大丈夫だな)
少年は、
眠れないときの少年のいつものルーティンなのです。
楽しいはずの夏休みの3分の1が過ぎた今、書置きに誠二と書いた中学2年生のこの少年、
(どうしてあんなことを言ってしまったのだろう)
サイダーを再び口に付け、少年はお昼に母親と交わした会話を思い出していました。
『ねぇ、誠二。夏休みの宿題は順調?』
『大丈夫。毎日、予定通りにやってるよ』
『そう、良かった。2学期はその調子でちゃんと出席できたら良いわね』
『そんなの、言われなくたって分かってるよ!』
『あなた1学期だってそう言って、随分と休んでたじゃない! 本当に分かってるの? お母さん、心配なのよ!』
『あー! うるさいうるさいうるさいうるさい! 死ね! お母さんなんて今すぐ死んでしまえ!』
(言い過ぎたとは思う。だが、もう学校には行きたくないと伝えたのだ。子供の気持ちを全く理解せず、ロボットのように学校に行けと繰り返すお母さんが悪い。僕は悪くないんだ)
少年は学校が嫌いでした。いや、正確には今のクラスメイトのごく一部が嫌いで顔を合わせたくなかったのです。彼らは少年の嗜好を人前で侮辱しました。中学生2年生にもなって男がアニメ、童話、ファンタジーが好きだなんて頭がおかしいなどと。少年はそれを許せませんでした。すぐに担任の教師に相談しましたが、その場で言い返せないお前が悪いと一蹴。無事に人間不信、学校不信、大人不信な登校拒否児童の出来上がりと言うわけです。しかし、根がまじめな少年はそれでも我慢して、休み休みながらも何とか登校はしましたが、心配させまいと親に相談しなかったため、かえって心配をかけてしまっていたようです。
(しかし、これはどうすれば良いのかな)
少年はベンチでぼんやりと考えますが何も浮かびません。そのとき、彼の瞳に見慣れないものが映りました。
(アヒル……かな? いや、違う。白鳥だ。白鳥が向こうから歩いてくる。初めて見たけど、アヒルみたいな歩き方なんだな)
興味深げに眺めているうちに、白鳥はどんどん彼に近づいていきます。
「ヘイ! 浮かない顔してどうしたんだ坊主!」
「ひぃ」
誰もいないはずの公園で間近に声が聞こえ、少年は思わず声を出してしまいました。慌てて周囲を確認しましたが、やはり誰もいません。
「どこ見てんだ! ここだよ、ここ! この俺の上等な毛並みが見えないってのかい!」
「しゃ、しゃべ……った!?」
「おうおうおう。お前、まさか白鳥が喋っちゃいけないってんじゃないだろうな」
「い、いえ、そんなことは無い……です」
唐突に訪れた理解できない現象に、少年は思わず肯定してしまいます。本当はそんなことあるはずがないと思っているのに。
「おう! じゃ、分かるな。お前があんまり浮かない顔をしてるからよ、俺がなんとかしてやろうと思ってよ」
「あ、あ、そうなんですか。あの、ありがとうございます?」
「じゃあ、今からよ、俺と一緒に星空を飛ばないか? 今夜なら最っ高に気持ちいいフライトができるぜ」
(星空を飛ぶ?)
少年が空を見上げると、そこには今まで感じたことが無いような、はっきりとした星々が、それこそ降るように眼前に迫ってきます。
きらきらきらきら。赤色、緑色、黄色や白に光る沢山のお星さまと、それから天の川銀河でしょうか。黄緑色や青色、
(こんな綺麗な空を飛べたら、嫌なことなんてすべて忘れられるんだろうな。でも、)
「白鳥さん、ありがとうございます」
「お! じゃあ、早速行くか」
肩をほぐすように羽をぐるぐる回す白鳥。
「でも、僕。翼が無いんです……」
少年の返事にハッとする白鳥。
「こいつはいけねぇ! 俺としたことがお前に翼が無い事をすっかり忘れてたぜ! 悪かったな」
「いえ、そんな」
そして白鳥は心底残念そうに、お尻を振りながら暗がりへと歩き去っていきました。
(夢でも見ているのかな? 夢だとしてもこんな綺麗な星空は見たことが無いから、目に焼き付けておかないと)
少年が夜空の星々を眺めていると、やがて何かが近づいてくる足音が聞こえます。
(犬か猫かな)
そう思って視線を空から下ろし、音のした方を見れば、まるでぬいぐるみのような愛らしい子熊が二本の足で歩いてくるではないですか。
そのぬいぐるみのような子熊は、少年に近づき、プロの声優のように張りがある特徴的な高い声で話し掛けてきました。
「やぁ、そこの浮かない顔をしたセイジ君。これから僕と一緒に遠い所へ行かないかい?」
それはとても魅力的なお誘いでしたが、やはり少年は残念そうに断ります。
「誘ってくれたのは嬉しいけれど、でも、ごめんなさい。乗り物も何も持ってないから、遠くには行けないんだ。あんまり遅いと親も心配するしね」
子熊さんも残念そうに歩き去って行くのかと思いましたが、逆に胸を張って主張しました。
「大丈夫だよ。乗り物なら僕が持ってるから」
理解できないといった表情の少年をよそに子熊は四つん這いになりました。するとどうでしょう。子熊はみるみる大きくなり、レトロなボンネットバスになったではありませんか。車内は煌々と輝き、ボンネットは熊の顔で内側からほんのり光り、両目と鼻がヘッドライトになっています。
これはどうなってるんだと、少年が辺りを見回せばベンチのそばには、いつの間にか淡く光る停留所のポールが置かれていました。さらに、見慣れた公園は一変し、見慣れぬ石畳の道路と、その両脇には漆黒の闇に無数の提灯が浮かんでいたのです。
ふと気が付けば、少年はバスの横向きのシートに座っていました。きょとんとしている少年に、いつの間にか運転士の服に着替えた先ほどの子熊がマイク片手に声を掛けます。
「本日は子熊バスにご乗車頂き誠にありがとうございます。このバスはイギリス公園停留所を出発した後、大きくぐるっと周って再びイギリス公園停留所に戻ってくる予定です。どうか素敵な夜の旅をご堪能下さい。それではー、出発しんこー!」
こうしてセイジ君の、短くも長い、
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