第2話 女神様は転生させてくれない

「ここで私と一緒に働いてくれませんか?」


 女神様は俺の耳元でそう囁くと、口元に人差し指を当てて「内緒ですよ」とポーズをとった。

 さらに小声で続ける。


「実は、最近の転活ブームで女神側の人材が不足していまして……」


 転活って、もしかして転生活動の略称か?

 そんなブーム到来してるなんて初めて聞いたわ。


「山田さんって、前世のご職業が転職コンサルタントですよね?」

「そうですけど」

「ですよね! その山田さんのご経験ってすごく貴重なんですよ! 素晴らしいです!」

「それはどうも……」


 女神様がめちゃめちゃ前のめりに話しかけてくる。

 近い、顔が近い。可愛いけど近いから離れて!


「今回のご提案は本当にここだけの話なんですよ。山田さんならきっとすぐに活躍できると思います!」


 女神様の得意げな態度から察するに、これはかなり特別なオファーなのだろう。

 だって異世界転生のお話で、「転生しない」選択肢なんて見たことが無い。


 女神様はここが勝負どころ! という迫真の表情で提案する。


「どうでしょうか! 私たちと転活支援しませんか?」


 だから、俺はなんの迷いもなく即答した。


「あ、そういうのは大丈夫です。普通に転生でお願いします」


「…………えっ?」


 女神様の目が点になった。口もぽかんと空いたまま固まっている。

 硬直しすぎてこちらの意思がちゃんと伝わったのか不安になるレベル。


「あの、普通に転生させてもらえれば大丈夫です」


「転生でいいんですか? 普通に?」


「普通にお願いします」


 なぜこの女神様は念入りに確認してくるんだ。

 いたって普通の要望だと思うんだが。


 もしかしてこの女神様、新人なんだろうか。ますます不安になってきた。


「転生するんですか……?」

「はい、転生します」


 そのあとも同じやり取りを3往復くらい繰り返し、ようやく女神様は「転生をご希望なんですね……」とこちらの意思を理解してくれた。

 最初からそう言っていたのに、どこに認識ずれの原因があったのかさっぱり分からん。


「では、今から転生先の候補を探しますね……」


 あからさまにしょんぼりした様子で手元のタブレットをスワイプしはじめる。

 この女神様、気持ちがぜんぶ顔に出てしまうタイプの人らしい。

 なんで接客業やってるんだこの人。


 ちなみに女神様が触っている端末をチラっと覗き見たのだが、どうやら転生受け入れ先のリストが載っているらしい。

 異世界転生も今となってはえらく効率化されたもんだ。



 それから2,3分ほど待って、ようやく女神様がタブレットから顔を上げた。


「山田さんの転生先ですが、こちらはいかがでしょうか」


 女神様がタブレットの画面をこちらに向ける。

 どれどれ?


――――――――――――――――――

【募集要項】

種族:人間/男/平均寿命 約80歳

≪社会を支える優良市民/衣食住有/福利厚生充実の安定した生活≫


〇転生先の世界:

剣あり魔法なしの中世ヨーロッパ風ファンタジー世界。(魔物あり)


〇転生先の環境:

社会経済を支える中流家庭の長男として、不自由のない生活を送れます。

※お仕事に関しては、原則的には転生先の家業を継ぐことになります。


〇特徴・魅力:

・現代日本に比べて文化水準は劣りますが、治安は良好です。

・冒険や魔王討伐ではなく、平凡なスローライフを送りたい方のご応募をお待ちしております。


<応募資格/応募条件> 必須要件:下記いずれも必須となります

・人間経験3年以上

・基礎的な教養をお持ちの方


<その他/備考>

※昨今の魔王の弱体化につき、募集人数には限りがあります。

 タイミングによりご希望に添えない場合がありますので、あらかじめご了承ください。

――――――――――――――――――


 ざっと求人情報を見終えて女神様にタブレットを返す。


「こちらの転生先とかどうですか?」


「却下です。他のお願いします」


「ええぇ、即答ぅ……」


 女神様はがっくりとうなだれる。

 そりゃそうだ。誰が好き好んで文明レベルを下げただけの異世界に転生したがるんだ。

 

 というか、「剣あり魔法なし」の時点でそれはただの中世ヨーロッパである。

 唯一のファンタジー要素と言えば魔物だけ。むしろ現実の中世より治安が悪化してるぞ。


「ほかと言われましても、近年の転活ニーズの高まりで受け入れ枠も足りていない状態でして……」

「他にはまったく候補がないんですか?」

「あるにはあるんですが……。山田さんのような一般の方に条件が合うものは少なくて」


 女神様がふたたびタブレット画面を見せてくれる。

 意外にも、画面のリストには「転生賢者」「落ちこぼれ魔術師」「薬師」などおなじみのキーワードが並んでいた。


「けっこうポピュラーな転生先もあるじゃないですか。このスライムに転生するやつは?」

「あーそれなんですけど、募集要件に『大食い大会での優勝歴がある方』というのがありまして……」

「なんですかその条件?」

「実は少し前までのスライムブームで転生者が大勢いたんですけど、小食のあまりスライムの特性を活かせない方からクレームが殺到しまして……」


 女神様が苦い顔を浮かべてため息をつく。

 おそらく彼女がそのクレームを受けた張本人なんだろう。世知辛すぎる……。


「なので、最近は有名な転生候補ほど条件が厳しくなってるんですよ。逆に、村人AとかBとかCならサクッと転生できますけど……?」

「村人A~Cは遠慮しておきます」

「ですよねー」


 いくら転生先が見つからないと言っても、村人Aはモブすぎる。

 しかもこの場合、実の正体は魔王! なんて設定も無い正真正銘の村人Aだろうしな。


「もうちょっと転生先さがしますね……」


 女神様は若干なみだ目になりながら、タブレット端末に意識を没頭させる。


 なるほど。道理で転生面接に時間がかかるわけだ。

 この調子だと、かなり希望を妥協しないといよいよ転生先が見つからないかもしれない。


 女神様がタブレットをさらさら触りながら、独り言のように言った。


「まあ転生の求人って、けっこうタイミング勝負なんですよねぇ……」

「あー、その感覚はわかります」


 なにせ転職の求人もそうなのだ。

 年に一度の新卒採用と違って、数カ月のスパンで募集案件がコロコロ変わる。

 だから常にアンテナを張って「これだ」と見つけたら迷わず飛び込める求職者ほど、マッチした転職先に出会いやすくなる。



 ……それって、転職活動ならぬ「転生活動」にも同じことが言えるのでは?

 俺はふと思いついた提案を、女神様にぶつけてみることにした。


「あの、さっきの転活支援のお話ですけど……」

「もしかして気が変わりました⁉」


 女神様がガバっと顔を上げる。食いつき良すぎるだろ。


「はい、受けてもいいですよ」

「えっ、えっ! 本当に⁉」

「ただし条件付きで」

「…………えっ」


 女神様の目がまた点になった。

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