異世界転生の狭間で〜チートスキルも貰ってないのに女神様にこき使われます〜

ロザリオ

第1話 女神様は仕事ができない

 目を覚ますと真っ白な世界の中にいた。


 殺風景を通り越した虚無の空間は、まるで色彩を奪われたかのような白一色で、右も左も奥行きも感じられない。

 立っているはずの足元すら覚束ない始末だ。

 

 しかし、どうやらこの場所にのは俺ひとりじゃないらしい。

 周囲には呆然とした表情の老若男女――ざっと20人くらいの人間が、ぽつりぽつりと間隔をあけて立っているのだ。


「なるほど、これは異世界転生だな」


 まさかリアルでこんな台詞を言う日が来ようとは。

 初めての経験なのに既視感を感じるのは、飽きるほどネット小説やアニメで似たような場面を見てきたからだろう。


 そんな既視感もりもりのシチュエーションで、他の人間たちが一様に視線を向けている場所がある。

 つられるように目をやると、そこには超絶美しい女神様が立っていた。


「美人ってオーラがやべえ……」


 思わずそんな言葉が漏れ出るくらいの美人だ。

 歳は10代後半か20歳くらい。

 輝いて見えるほど滑らかな素肌、均質のとれた美の中にどこか幼さが垣間見えるところがポイント高い。

 これほどの美人になると、老若男女だれが見ても頬が緩んでしまうに違いない。


 女神様はこちらを見渡しながら話し始めた。

 

「いいですか、落ち着いて聞いてください」


 めちゃめちゃテンプレートやないか。

 それで落ち着けるなら最初から慌ててたりしない。

 

 案の定、周りの人たちがザワザワと騒ぎ始めるが、女神様はそんなもの気にかける様子もない。

 

「残念ながら皆さんはお亡くなりになりました。これから転生のための面接を行います」


 要するに俺は享年27歳にして逝ってしまったらしい。

 ここ数ヶ月はえぐい量の残業が続いていたから、原因は過労だろうか。

 そんな風にひとり得心している間にも、女神様の説明は続く。


「ただ今は面接が少し混み合っております。お手数ですが、こちらに列を作ってお待ちください」


 女神様が大きく手を挙げると、そこを先頭にゾロゾロと長蛇の列ができはじめる。

 転生のために順番待ちがいるのかよ。偉大な先人たちも苦労してたんだな……。


「お待ちのあいだに、こちらにご回答お願いしまーす」


 列に並んで待っていると、天国(?)のスタッフらしきスーツのお姉さんがタブレットを手渡してきた。

 画面には『転生希望ヒアリングシート』と銘打たれたアンケートフォーム。

  

 ・希望する世界ジャンル

 ・希望する種族、役職、年齢

 ・希望する最低収入


 最近の異世界転生ってこんなシステマチックなのか!?

 なんだか生前の転職活動が思い出されて、心に追加ダメージを食らわされた気分だ。



 慎重に選択肢を選びながらようやくアンケート回答を終えた。

 自分が並んだのはちょうど真ん中くらいだったから、順番待ちもあと2人とかだろうか。


 そう思って俺は画面から顔を上げた。


 

 女神様

 [テーブル]

 お兄さん



 お兄さん

 お姉さん

 おじさん

 おじさん

 おじさん

 おじさん

 おじいさん

 俺 ←いまここ


 

 びっくりするくらい全然すすんでいなかった。

 かれこれ2時間くらい経っているはずだが、面接を終えたのは最初の1人だけじゃないか!?

 こんなペースだと俺の順番でも丸一日以上かかるぞ……。


 

 ※



「おまたせしました。……えっと」


 本当に丸一日経ってようやく俺の番が来た。

 長テーブルを挟んで向かい側に座っている女神様は、書類の山をガサガサとやっている。


「あ、見つけた。……山田、健人さんですよね?」

「はい、よろしくお願いします」

「お待たせしてすみません。ちゃちゃっと済ませますね!」


 そこはちゃちゃっと済ませないでほしい。

 むしろ、しっかりじっくりやってくれなきゃ困る。


「まずは私の自己紹介をさせていただきますね」


 そう言って女神様は完璧にマニュアル通りの自己紹介を始めた。

 

 もう既に分かったのだが、この女神様は恐ろしく仕事ができない。

 一生懸命なのは伝わってくるが、見ていてもどかしくなるくらいに手際が悪い。


 前の人の面接のときも、ちょっと専門的な質問をされると「上司に確認して参ります」と離席していたくらいだ。

 もういっそ上司をここに連れてこいよと何回心の中でツッコんだことか。


 そんなことをボーっと考えていたら、女神様がソワソワし始めた。


「何かお気に障ることありましたか……?」

「ああ、いやべつに。どうぞ続けてください」

「すみません……わかりました」


 どうやら女神様の自己紹介は終わっていたらしい。

 ようやく本題が始まりそうだ。

 事前アンケートにもあった、転生先の世界や転生する種族などを決めていくんだろう。


「せっかく山田さんに希望を回答いただいたんですが、なかなか全ての条件を満たす転生先は見つからなくて……。すみません」

 

「まあそういうもんですよね。分かってて答えたので大丈夫です」

 

「そう言っていただけてありがたいです……」


 実際、転職活動でも求職者の希望がすべて通るなんてほぼあり得ない。

 生前の俺は転職支援会社で転職コンサルタントとして、いろんな社会人の会社選びをサポートしてきたのだ。

 求職者がきっつい条件を出してきた場合は、その中でも本人が譲れない条件、実は妥協できる条件を見極める必要がある。


「実は山田さんの履歴書を拝見しまして、ひとつご相談があるのですが……」

「相談、ですか?」


 なんだろう?

 希望の条件を大きく変更させてほしい、とかだろうか。

 どうせ前世に未練はないし、ファンタジーな世界ならどこだって構わないけれど。


 女神様がチョイチョイと手をこまねくので、顔を近づけてみる。

 すると女神様がすっと口を耳元に寄せてきて、シルクのような銀髪がほっぺたをサラサラと撫でた。

 


 そして女神様はささやくように言った。


「ここで私と一緒に働きませんか?」


 この女神様、俺を転生させる気すら無いらしい。

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