第3話 女神様は職場恋愛できない

「転活支援を手伝うってお話、条件付きで受けてもいいですよ」


「その条件って……?」


 女神様は呆気にとられたようにぽかーんとしている。

 けれどすぐに何か思い至ったのか、ハッと顔色を変えてサッと自分の身を掻き抱く。


「も、もしかして私の身体目当てですか⁉ そういうのは禁忌に触れるんで――」


「違いますけど」


「違うんですかっ⁉」


 心底意外そうな目で俺を見つめてくる女神様。なんでそういう発想になるんや……。


 すると、聞いてもいないのに女神様は身の上話を始めた。


「実はですね、前の職場でもよくナンパされたんですよ。受付嬢ってやっぱり目立つみたいで?」


「はぁ、そうですか」


 ていうかこの女神様は転職組なのか。しかも受付嬢……。

 絶対に向いてない仕事だと思うが、このとんでもない美貌で顔採用された可能性は微レ存。


「だけど一回食事に行くと、みんなすぐに態度を変えて同じセリフを言うんですよ。なんだと思います?」


「さぁ……」


「『君にはもっといい人がきっと見つかるよ!』ですよ? みんな! 口をそろえて!」


「そら災難でしたねー」


「え、なんでそんな白々しい目を向けるんですか………」


 女神様がジトーっとした目で俺を見る。

 そりゃ聞いてもいない(失)恋バナを繰り広げられたら誰だってこんな反応になるわ!


「あ、でも私だって人は選びますからね? 遊んでたわけじゃないですからね⁇」


 念押しするように女神様が言ってくるので、うんうんと頷いておく。

 にしてもこの女神様、意外と自己肯定感がつよそうだな。

 どんな職場でもそこそこメンタル強くやっていけるタイプかもしれない。


 ――なんて女神様の意外なポテンシャルを見つけている場合じゃなかった。

 気を抜くとすぐ女神様のペースに乗せられるから要注意だな……。

 

 俺は気を取り直して、本題の「転活支援」の話をするべく口を開く。

 

「あのー、本題に戻っていいですか?」


「ほんだい?」


「転活支援の手伝いについてです」


「あー、そうだったそうだった!」


 手の平をポンと叩いて得心したように女神様がリアクションする。

 ていうか、俺に対する女神様の口調が早くもタメ口になっている。

 絶対に客商売に向いてないわこの人。


「それで俺が転活業務を手伝う条件なんですが、いい案件を俺に優遇してほしいんです」


「案件を優遇する、ですか?」


「はい。転生先の募集案件って、新しいものがどんどん入ってきますよね?」


「言われてみればそうですねー。だいたい半月ペースで案件が入れ替わる感じですかねー」


 やっぱり思った通りだ。

 転職活動の求人募集と同じで、異世界転生の求人も一定期間でコロコロ入れ替わるようだ。

 だったら、今日このタイミングで魅力的な転生先が見つからなくても、いい案件が来るのを待てばいい話。


「なので、俺が女神様のお手伝いをしている間、入れ替わった案件を俺に紹介してほしいんです。それでいい案件があったらそこに転生させてください」


「え、それはちょっと優遇しすぎじゃ……」


「じゃあこの話は無しで。もう転生じゃなくて成仏でいいです。あ、出口ってどこですか?」


「わー待って待って、それだけは許して! 候補者を成仏させちゃうと私の査定に響くんですぅっ‼」


 離席しようとする俺の腕を、半泣きの女神様がガシッっと引き留める。

 ほんと騒がしいやっちゃな……。

 あと、転生候補者を逃すと評価ダウンってマジで厳しいな、この職場。


 「冗談ですよ」と俺が席に座りなおすと、女神様はようやく涙を引っ込めて息を落ち着かせる。

 別に悪気はなかったが、女神様の目元が涙で赤くなっているのを見るとちょっと同情しちゃうな……。


 女神様はハンカチで目元を拭って、再び口を開いた。


「……わかりました。山田さんの条件を呑みます。お手伝いしてくれますか?」


「もちろんです。よろしくお願いします」


 どうやら交渉成立だ。

 これで俺は前世の社会人スキルを活かしつつ、希望の転生先が見つかるまでこの天界(?)で過ごせばいいのだ。


 ……ん、待て。ここって衣食住はどうなってるんだ?


「あの、ひとつ質問が」


「なんですか?」


「ここで働くあいだ、俺の住む場所とか食事とかってどうなるんですか?」


「あーそれなら、天界スタッフ用の寮があるんですよ。食堂付きなんで、あとで案内しますね」


 ……労働環境めちゃくちゃ整備されてんなココ。


「じゃあ早速だけど、今日は私の転生面接を見学してくださいね!」


「わかりました、先輩」



 そんなわけで、異世界転生するはずだった俺の第二の人生はひとまずお預け。

 俺はこの天界で再就職を果たすことになった。


「『先輩』ってなんかいい響き……」


 大丈夫だろうか、このポンコツ女神様。

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