㐧弐拾玖話 青空は無い

突然の毒殺宣告からしばらく経って、俺は未だ意識が戻らない向井の病室を訪れるようになった。


勿論ボロボロの体を引きずって。


当然先生看護師からはとんでもない勢いで止められるが、俺はヘラヘラして無視した。


『ボロボロの癖に勝手に病室から出ていく』ことを共通認識とさせ、それを知らない看護師を自動的に敵と見做すのだ。


俺と向井将徒の看護と診察はメンバーが厳格に決まっているためたまたま事情を知らない人間を殴る可能性もない。


———


「え。そんなことしなくちゃいけないんですか。」


「変に護衛つけても殺されるしね。なんかあったら来るから」


「……一応レギオンでも結構強い人なんですよね。そんな簡単に来て良いんですか??」


「強いから来るんだよ。大丈夫だって、俺死なないから。」


———


勿論それだけじゃなく、盗聴器やGPSを集約したマイクロチップを密かに忍ばせた菓子を医師や看護師への差し入れという名目で食べさせたりしたらしい。


そして俺の脱走作戦は櫻井さんが来る時間稼ぎとしての側面もある。


……と、毒殺犯を制圧するために回りくどい段取りを櫻井さんと二人で行った————




「————という訳だ。わかったか?」


「うん、まあ」


この俺が性に合わない長ったらしい説明をするとは。

慣れないことはするものじゃないな。少し頭が……ぼーっと…………あっ


視界が明滅して、それから一気に平衡感覚はパーになる。

妙な浮遊感は疲れから心地よさすら感じた。


手も足も出ない。その一瞬の浮遊時、櫻井さんが開けた穴が見えた。






空だ。空が見える。

雲はひとつない。薄い青が無限に広がる。

どんどん姿勢は崩れ、青はより視野に広がり、やがて空で俺の目がいっぱいになった。


その瞬間、その瞬間だけは飛んでいた。

家族がまだ生きてた頃、遊園地のアトラクションに乗ってみた景色と感覚と全く同じく。


『あはははははは!!!』


こんな気分になったのは久しぶりだ。

何もない、開放的な。異獣のことなど、この一瞬は忘れられた。


だがそんな時間は長くはない。アトラクションと同じだ。


全身を軽い衝撃が走る。青い空のような情緒は消え、赤黒いあのリビングの記憶が思い起こされる。


あの、記憶が。


「おい!? 大丈夫か?!」


俺は目眩を起こした挙句一気に倒れてしまった。

大したことないのに。


「……………ッ………大丈夫だよ。」


どうして。


「じゃあ……」


どうしてこんなに嗚咽が止まらない?


「何で泣いてるんだ? そんなに…………」







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