㐧弐拾陸話 ゼロ・デイ

チューブが外れてから、楽しみが一つ増えた。

食事だ。


今まではレギオンの点滴で栄養を補給していたが、科学の力で食事の習慣を無理やり消去するというのは精神的にもかなり負担だ。


物を噛んで、飲み込んで食べる。当たり前のことが当たり前にできる喜びを俺は実感した。


因みに飯島は未だに俺の病室に来る。そして来る度に医者に連れ戻されるのだ。


いい加減学習しろよとは思うが、彼も未だに個室の病室にいる。

たったひとり療養するのも精神的に苦しくなるのだろう。


常人離れした力を持っていても、まだ少年でしかないのだから。

まあ、そこは俺も同じなんだけども。


「おはよう! 元気してるか!?」


ほら来た。


「おはよう飯島くん。今日も元気ねぇ。」


いつも、食事を運びに来る看護師の方と一緒だ。


「つまみ食いはしちゃダメよ」


「わかってますよ」


あんまり何度も来る物だから、二人とも口調も砕けてきている。


今日は特に先生を呼ぶつもりも無いらしい。

段々と飯島も、回復してきているようだ。


「じゃあ、食べれる時に、無理せず食べてね。まだチューブも外れたばかりだから。」


「はい、ありがとうございます。」


「………………」


「それじゃ早速いただきま———

「死ねッッッッッッッッ!!!」


俺が”朝食“を食べようとした瞬間、飯島は看護師の頭を黒腕で殴りつけた。


それも凄まじい勢いで。


当然看護師は吹っ飛び、殴った時の風圧で部屋はめちゃくちゃに。


”朝食“もぐちゃぐちゃになった。


そして、殴られた看護師の頭は———人体に耐え切れるはずのない拳を受けたその頭部は、依然素の形を保っていた。


「……そんなに怪しかった? 私……。」


「………ッ!?」


歪な笑顔を浮かべ、飯島でも俺でもなく、監視カメラを向かって彼女は呟く。


「素の人間を完全にコピーしたのよ……? わざわざ過去の記憶だって覚えたのに……」


ボソボソと呟く彼女の視線は飯島へと変わる。


「ねえ、どうして? どうしてわかったの?」


「お前先生に、俺が病室抜け出してるの伝えなかっただろ? 俺と同時に入って、いつまで経ってもわざわざ先生に伝えず、そしてそのまま出て行こうとしたろ?」


「それは———


じゃあダメだぞ? 中学生の言い訳じゃあないからな。それに、看護師さんには俺の顔見たら即座に伝えろって言ってある。


「うっ……!」


「飯島、どうして……!」


「お前が目覚める前、俺の病室に櫻井さんがきたんだよ。で、今みたいな罠を教えてもらった。そしてバカが引っかかった。」


そして飯島は偽の看護師に向き直る。


「偽看護師さんよ、なんでこんなことした?」


そう言うと飯島は、見せびらかすように小瓶をふる。


”ヒ素“と書かれたの小瓶を。


「なんでそれを……!」


「ポッケに入れてるからだろ。 悪いけど殴ってぶっ飛ばされたとき、一瞬だけボディーチェックさせてもらったぜ。」


「あなた……!」


「セクハラで訴えるとかはカンベンな。ところで動機は?」


「……金よ! お前とそこのガキ殺せば3000万くれるって言われたからよ!!!」


「でしょうな。それも櫻井さんに教えてもらったよ。俺ら異獣界隈だと賞金かかってるらしいな?」


「誰だ? 俺たちに賞金をかけた奴は」


「言えるわけないでしょう……? 契約違反よ」


「そうか。じゃあもう、話すことないな………いや、話すことまだあったわ。」


「何よ!」


の、バレバレだから」


「……? 何言ってんだ飯島…?」


「向井将徒、窓だよ!」


彼は俺にゆっくり、窓を見るよう促した。



窓の外には、櫻井がいた。ここは10階なのに。


「さよなら。間抜け」


櫻井が腕を振った瞬間、偽看護師は黒腕で殴られた時より何倍も速く、壁を突き破って、消えた。


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