㐧十五話 己の価値とは。

飯島との模擬戦で、俺は自分がいかに"浅かった"のかを思い知らされた。


俺は彼と違って大切なものを奪われてはいない。


大切な人が肉塊になったショックを知らない。


彼の苦しみは、俺が知ってる以上に重い。

それこそ、イエスが背負う十字架のように。


所詮俺は一度死んだだけの人間、凡人に過ぎない__だが彼に気付かされたこともある。


奴はこの世の倫理をすべてかなぐり捨てている。


それこそ、まるで狂ったように。


それが異獣を殺すためなら、どんな事もできる。

いや、。 


復讐だけでは片付けられない執念が、彼の脳に宿り、突き動かしている。


彼の鋼と言っても良い肉体がそう言っていたように思えた。


俺は、ゲームを通してしかこの学園の、生徒の実情を知らなかった。


才能や、ちょっとした理由でここに来ていると……

思っていたし、彼らの理由を深く理解していなかった。


言い方は酷いが、主要キャラ以外はモブなのだ。

それこそセリフで済まされるような。


だが__こうにいると、彼らもきっとのっぴきならない理由でこの訓練校にいるんじゃないかと。


もう後に引けないような人々が、蜘蛛の糸に縋るかのような気持ちでいる。


全員がそうでないにしても__絶対にそういう人間はいるのだ。


そんな考えが思いついた瞬間……俺は深く恥じた。


大層な理由を掲げておきながら、この訓練校にいる人間よりも、俺は、能力を取っ払ったら、凡庸どころかふざけた人間なのだ。


きっと、真力がより覚醒したら、今のままでは本編のようにお荷物になるだろう。


自分を磨き上げなければならない。

体の中に"使命"がマントルのマグマのように吹き上がる。


その為にしなければならないこと。先ずは……


飯島とひたすら訓練することだ。


「遅いッ! 殺されるぞ!」

「お前の力は……そんな凡庸なものかァ!?」



飯島の狂気じみた叱咤激励と共に、俺はひたすら訓練を続けた。


ヘッドギアをつけたあとが膿んでも、


キズが日に日に増えても、


顔の形が歪んでも、


見たことない色のあざができても、


俺は自分を磨き上げるために…………



「んわなけ……ねぇだろおぉぉおッッ!!」


俺は奴の鋼鉄を調べ上げ、そして研究し、実践した。


同期のこいつにすらボコボコにされるのだから、櫻井と組み手しようものなら殺されていただろう。


長い間、根気よく訓練が、組み手ができたのは本当に良かった。


その瞬間は意外なことにあっけなく訪れた。



「ぐっぎっ………!!!」


この苦悶に満ちた声は俺の声じゃあない。


俺は彼を倒すため、絶対零度の精度よりも、持続性を求める事にした。


何秒も、何分も、何時間も。

全力で真力を発動させることを意識した。


そして……硬く、険しい壁に、恐ろしささえ感じる黒光りの腹筋に、俺はヒビをいれた。


「ありがとう飯島……何度も組み手してくれて」


「お前……進化したな……確実にっ!」


本編とは違う形で、俺は飯島に“一本”を入れた。


信念をすべて載せた、究極の一本を。

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