㐧十四話 今日は俺のオゴリ

時刻は6時46分を過ぎ、飯島と俺たちは訓練校の試合場に着いた。


試合場?なんだそれ? と、最初は俺は思ったが、どうやら生徒の自主的な戦闘訓練や部活動に使われるための場所らしい。


「さァ……手合わせ願おうか!」


真力を抑制するためのヘットギアを取り付け、俺たちは向かい合う。


緊張、そして沈黙。いつ動くかわからない場面に冷や汗が走る。


彼の目は血走ってはいたが、奇妙なことにで呼吸を行なっていた。


それは独特で、一定のリズムを刻む。確か自転車競技の選手がやっていた呼吸法、彼はそれを完璧に行なっていた。


「ぅおおおおおおっ!!」


俺は発破を掛けるように雄叫びをあげ、彼に突進し……右腕を大きくスイングさせ彼の腹目がけて思いっきりぶん殴った。



「いっぎああああっ!」


苦悶の表情と情けない悲鳴。それを発したのは他でもない俺だった。


「どうした向井……? それでおしまいか?」


「がぁ……はぁ…なんだこれ……!?」


彼のボディを狙ったと思っていた。妙にガラ空きだったそのボディを。


「何故ここにお前を呼んだか分かるか……? 向井。」


彼の腹は、まるで何重に重なった鋼鉄のような硬さだった。

人間じゃない。筋肉がなっていい硬さなんかじゃない。


飯島は真力こそ覚醒していたが悪事にしか利用しない描写しかなかったため

ゲーム中では単なる身体能力強化として説明されていた。


だが違う。


「向井……俺はお前が認めた男。特別に教えてやろう、共に戦うことになるからな。」


そう言いながら彼は自分の能力を余裕綽々で語った。


彼の能力のミソは腹式呼吸だった。呼吸で全身の魔力を循環させ精度を高め、

濃密な真力を利用して体の一部を超鋼鉄化させるのだ。


「筋肉ってか……鉄だろこれ……!」


俺は殴ってできた傷を無理矢理凍らせて止血し、なんとか呼吸を整えるのに必死だった。


「俺はな、家族を殺されてからずっと、ずっとずっとずっと鍛錬を重ねてきたんだよ。」


脇腹がに風圧を感じる———まずいッ!


奴のパンチが……鋼鉄に拳が来る!


俺は空気中の水分と体内のごく一部の水分を用いて、荒削りだが氷の防御壁を作る。


「ッタァ!」


風圧の数秒がボディ全体に体が揺れるような——いや、歪みさえするような感覚が襲う。


能力を制御してこれか…………!


「ぐっっふううううううっ! かァハッ!」


「凍らせて盾を作ったつもりか? クッションにもならないぞ?」


その通りだった。


膝をつき、呼吸が不規則になる。感じたことのない息苦しさと痛み。


「まだ始まったばかりだぞ……?」


氷は冷たく、砕けやすい。


氷で必死に防御しながら、異常なほど“硬く、重い”打撃を俺は何度も、何度も受けた。


胴体、手足、頭部、全部殴られた。


口の中は血でいっぱいになったが……俺はチャンスと捉えた。


「お前……異獣殺したいんだろ? それじゃあまだ甘———」


血液を凍らせて俺は血の吹き矢を奴の顔面に刺した。


深く肉が抉れる音がした。


「っ……! へへっ……やるじゃない。」


額に刺さった吹き矢は彼を出血させ顔中を血まみれにした。


それだけ。


「今日はもうやめるか。」


その一言で俺たちの勝負は終わった。


完全に、負けた。


強大な真力は覚醒した、実技訓練の格闘技でそれなりに、いや、かなり自分を追い込んだ。


何度もフォームを真似て、何度もサンドバックを殴り、何度も殴り殴られを繰り返した。


絶対零度もコップぐらいまで精度を強めることができた。


だが——飯島にあって俺にないもの、それは覚悟だった。

奴のあの目は、俺に凍死させられてもいいとでも思うような、覚悟を決めた目であり、逆に俺を撲殺するつもりでもいた。


俺は何となく自分の力に驕っていたのかもしれない。


———

訓練校に戻った俺たちは信じられないほど怒られながら治癒の真力と現代医学の応急処置を施された。


「どうして!こんなになるまでやったんですか!」



保健室の先生はそれはもう怒り狂っていた。


説教を受けた後、授業を受け昼飯の時間になった。


「飯島、何か食べたいのあるか? 好きなの言えよ」


「ええ? どうしたんだよ急に。」



「今日は俺の奢りだよ、完敗だ。飯島」



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