㐧十二話 ひとり

「はぁ……はぁ……熱い……!」


俺と飯島のお灸バトルは文字通り白熱の展開を見せていた。旗から見ればどうでもいいトンチキバトルかもしれないが、


彼にとっては奴自身の“男”や“誇り”を懸けた勝負であり、その心意気に俺は誠意を持って受けなければならないと感じた。


その誠意が奴にの境遇によるものかはともかく、俺は奴に全力で“勝負”を挑みたいと思った。


本編では奴はクズだが……今の奴に、俺は賭けてみようとさえ思えた。


奴……いや、彼と呼ぶべきか。その精神に、生前腑抜けた人生を送った俺には心打たれたものがあったのだ。


家族を殺された。その憎しみは俺は完全に理解することはできないだろう。


だが彼には、彼のその笑顔には、十分に憎しみの背景を感じさせるものがあったのだ。


渇望、後悔、無念、悔恨。


それが彼の行いに、思えば滲み出ていたかもしれない。


もしかしたら本編の彼も、語られていないだけで似たような境遇に遭ったのかもしれない。



そんなことを考えていると、いきなり奇声を上げながら飯島がぶっ倒れた。


「キエエエエエエッッッ!! だめだ、熱すぎる!!!」


どうやら……勝負は俺が勝ったようだ。


「くうう……お前、なかなかやるじゃあねぇか……。 ……………俺の、負けだ。」


「向井将従! は……“強い”ッッッ!! 俺なんかよりも……ずっと……!」



その言葉を言われたとき、俺は形容し難い感情を感じた。



好きなゲームの憎たらしい筈のキャラ……いや、違う。

悲しみと狂気を背負う、一人の人間に認められた。



その事実が、何となく俺自身を、高岸と呼ばれていた凡人を、認められたような気がした。



————


お灸バトルから何週間か経ったある日、それは突然告げられた。




「これより真力解放手術を行う。……向井将徒を除いてだ。」


絶妙な居心地の悪さを感じる。先生、わざわざ言わなくてもいいのに……。


いや、ぼっちな状況を気にしている場合じゃあない。


俺の戦いは、ある意味ここから始まるのだろう。

東雲の能力が覚醒し、一気に実力者へと彼はのし上がる。


東雲との“勝負”も、そして自分自身の運命との“勝負”も、今始まるのだ。



————


そう意気込みながら……俺は一人で自習していた。


一人で。寂しく。


………………つらい。


なんというか、生前と同じ気分だ。


自分の周りに人が居ようと、あの頃は独りだった。


だがあの頃が嫌……ではない。むしろ戻りたいくらいだ。

向井将徒の末路を考えると……極々平穏な生活。


隣の芝生は青いとは言うが……物語の登場人物になっても、それで人生が良いものでもないということか。


いつどこで、誰になっても悩みや辛さはついてくる。

それが例え二次元のキャラだとしてもだ。



「……幸せって、感じたことあったっけ。」



俺独りの教室だと、嫌に独り言が響いた。


自分の声じゃないような気さえした。


俺は高岸威であり、向井将徒である。


俺は向井将徒であり、高岸威である。


「あれ……向井将徒くん、だよね。」


教室の外から、一人の少女の声が聞こえた。










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