㐧十一話 何かがおかしい

「昼休みになったらトイレに来い。」


座学訓練の前に、俺は飯島直々に招集されてしまった。

面倒な男だ。どうしてこう、敵を増やすような事ばかりするんだ……。


まず奴に真力は使えない。まだロクに制御もできていない絶対零度を使えば、凍死して遺体がバキバキに崩れてしまう。それにトイレが使えなくなる。

ただでさえ少ない男子トイレがさらに少なくなるのは御免だ。


さて……どうしたものか。大人しくボコられるのも癪に触るし……かといって助けを求めると問題が大きくなりそうで嫌だな……。


そんなことを頭の片隅で一瞬だけ考えた後、俺は真面目に座学訓練を受けた。

あんな奴に使う脳の容量は、無い。


————

授業も終わり昼休みになったので、俺は要求通り男子トイレに向かう。


奴はトイレの一番奥に一人だけで仁王立ちしていた。


本編でも似たようなシーンがあった。でもその時は、先輩だかなんだか知らない取り巻きを引き連れてリンチしようとしていたが……。


まあ、多少の誤差みたいなものだ。むしろ好都合。


「来たな……向井! 俺と勝負しろ!」


……ん?


「勝負って何?」


「勝ち負けのことだ。」「いやそうじゃなくて」


「調子に乗ってるお前に、“負け”を知らしめてやるんだ……!」


そうか。そういうタイプか。面倒くささが増してきてるなこりゃ。


「そうか。‥‥何で勝負するんだ?」


「よくぞ聞いてくれた……勝負に使うのはこれだ!」


そういった飯島は、そのガタイのいい体から勢いよく“何か”を取り出した。


「お灸!これでお前に勝って、文字通りお灸を据えてやる!」


は?


「は?」


「さあ服を脱げ! 昼休みは短いからな……。」


「待って待って待って」


「何だ?」


「話が見えてこないぞ。お灸を使ってどう勝負するんだ。」


「耐久勝負だ。このために昼休みにお前を呼び出したんだ。」


分かったぞ。コイツだいぶアホだ。


「分かったよ……その勝負、受けて立とう。」


「負けたらどうする?」


「え?」


「負けたら罰ゲームとか、ペナルティとか無いのか?」


「……考えてなかったな」


なんなんだこのアホ……。


—————


灸を据えてから十数分たった。夏の、それも冷房もない男子トイレに灸はあまりにもキツい。


なるほどこれは耐久勝負だな。流れ出る汗の勢いも、留まることを知らない。


「お前、中々やるじゃあねぇか……! だがどこまでいけるかな……?」


コイツに負ける訳にはいかない。もっとも、本編と違ってこんな奴に負けるのが情けなくなる……という意味だが。


「なあ……向井お前、なんで訓練校に入ったんだ。」


「俺か? ……前の高校に異獣が来て、クラスメイトみんな殺されたからかな」


「ほう……。。」


お前“も”? どういう事だ。確か飯島は、金の為に訓練校に入ったはずだ。

理由まで違ってくるのか……?


「俺はな、異獣に家族みんな殺されたんだよ。」


「部活やってて遅くなって、家に帰ったら、家族だった“何か”しかない。人間は俺だけ。」


「親戚もいないから、この歳で天涯孤独って訳よ。」


「……悪い。」「いいんだよ。むしろ似たような理由で入った奴がいて、”同志”が出来たみたいで、俺嬉しいよ。」


「ま、勝負には負けんがな……ハハハ!」


「まあ向井、異獣ハンターになったらどうする?」


「どうするって……異獣を倒すに決まってんだろ。」


「甘いな。目標がふわっとしている。そんなんじゃあ俺には勝てないぜ」


やたら勝ち負けにこだわるのは本編に似ているが……全然違うキャラになっているな。


最初シメる態度取ってたのに、なんか友達になりそうな感じにまでなってる。


「俺は家族を殺した異獣は勿論……全部の異獣を殺すんだ。後異獣統師もな!」


「異獣ハンターになりゃ高給取りで勝ち組なんて言うが……ぶっちゃけボランティアでもやるぜ。」


「異獣を殺せるなら、何もいらない。」


「高い酒浴びる様に飲むくらいなら、俺は異獣の血を浴びたい。」


「いい女抱きまくるぐらいなら、異獣の首を抱き締め殺したい。」


「名声も地位なんていらない。異獣さえ殺せれば、罵声を浴びせられても何も感じない。」



「殺して殺して殺しまくって、異獣に知らしめてやるんだ。」


「“同志”を、“家族”を失った悲しみを。」


まるで自分の夢のように、飯島は虐殺を語る。顔は笑っていたが……目は一切笑っていない。


残虐性も変わっていない。だが……本編よりも恐ろしい気がしてきた。


本編の彼は人間らしい悪をとことんに詰めた様なキャラだったが……。


今の彼は人間らしさを削ぎ落とした“善”だ。


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