5 頁
「……あなた本当に、修睦に会ったと思いますか?」
「うぅ、うっ……え?」
「大人になった石田君やユリちゃんと、本当に会ったと思いますか? 会ったとして、彼、彼女は本物の、石田君やユリちゃん本人だったのか?」
わからない。会った覚えは確かにあるのに。それに、本物の本人だったかなんて、それこそ定かでない。もう私に自信はない。
修睦に会った時などはなおさらで、回転寿司へ行ったり、コンビニへ買い物に行った記憶まで重なり、母や父も証言しているのだから、現実はどれなのか、もうわからない。
「あなたの記憶が曖昧になったり、重なる前のことを覚えていませんか? きっかけがあったはずですよ。ほら、思い出してみて」
記憶が曖昧になる前、重なる前……
「あなたはすでに、山へ行ったのです。東北の……」
「あぁ……そう、そうだった」
私は山に、すでに山へ行っていたんだ。父方の祖父母の家に近い、東北の某山に。
そうだ、特に祖父母を訪ねることもしないで、ただただ空気が澄んでいて美しい山に入ったのだ。まだ秋口で紅葉がすごく綺麗だったけど、とても寒かった……
「消えてしまいたいと思って、行ったんだけど……夜、暗くなって、すっかり冷えてしまったら怖くなって……結局、ひたすら歩いて山から下りて、駅まですっごく歩いてホテルに一泊して、また帰ったんだ。死ねなかった……」
昨年のことだった。帰ってからは父と母にさんざん説教され、そして三人で嗚咽をもらし、声を上げ号泣した。
つらすぎて、それこそ私の頭の中からはごっそり、抜け落ちていた。
「その山中で、私とあなたは会ったんですよ。私とあなたは約束したんです」
山まで行ったこと、分け入って中へ進んでいったこと、臭い、寒さ、怖くなったこと、帰り道、ホテルに泊まったこと、父と母に怒られ泣き叫んだこと……言われて思い出した。
だが、暗くなった山中で何をしていたかは、はっきりしない。よみがえるのは、ただ怖かったという感情だけだ。
まして、こんな坊主頭で怪しい男など、会った覚えはどこにも無い。
「そもそも、おかしいと思いませんか? 山に不慣れなあなたが、あんなに暗く寒い山中から迷わず帰ることができたなんて。あなたは私と会い、約束したから帰れたんですよ」
「約束……? 見捨ててくれればよかったのに!! なんで、なんで、そんな、助けたりしたんですか!!」
涙と鼻水を垂れ流し、絶叫する。頭が割れそうに痛い。
「あなたの身体を、ゆくゆくは譲り受けるという約束です。あなたの記憶は全てに繋がり、全てに存在することで、だんだんと曖昧に広がります。そうして、全てに潜むことになります。伏在です。
私はあなたに、山で説明しましたよ。あなたの記憶を薄く引き伸ばすことで、あなたのつらい意識を小さくしますから、死ぬよりいいですよ、と」
「嘘!! 私は自分の存在を消したくて、骨なんかも誰にも見つかりたくないから山へ行ったの!! それなのに、身体を譲るだって? そんなのありえない!! 私は見ず知らずの他人と、そんな変な約束は絶対にしない!! あんた一体、誰なの? 何が目的なの!?」
いくら心身が弱っていたとしても、これだけは確かだ。
私が山の奥深くに行きたかったのは、誰にも見つかりたくないからで、たとえ骨が見つかったとしても、どこの誰だかわからないようにしたかった。
そんな私の身体を他人の自由になどしたくない。
「みーちゃん、みーちゃん!!!」
おじいちゃんだった。ベッドの上で半身を起こして、まっすぐ前を向き、叫んだ。
「みーちゃん!!!」
もう一度叫んで、おじいちゃんは倒れると再び静かになった。
「……そろそろ伯母さんが帰ってきますね。今日のところは失礼します。けれど、また何かの形でお会いするでしょう」
男はすっと立ち上がり居間を出、玄関ドアを開ける。
「では今日、私は来なかったということで」
最後まで変わらない張り付いたニコニコ顔で言って、男は強く叩きつけるようにドアを閉めた。
バンッと大きな音と振動が古い家の壁中に伝わり、ビリビリ響く。
力のすっかり抜けてしまった私は、そのまま玄関の床にへたり込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます