山の中

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 おじいちゃんは退院した。あの事があってから二週間くらいで退院して、また自らの家へ戻ってきた。


 奇跡だと思う。あのタクシー運転手の言葉は当てはまらなかったのだ。


 ただ、寝たきりというか、ベッドに横になってほぼ一日中寝てはいる。でも、それは入院する以前からのことだったので、取り立てて大きな違いはない。入院前と退院後で大きく違わないということは、やはり奇跡だろう。


 おじいちゃんが退院して一ヵ月ほど経った今日、私は母と共に祖父母の家へ行くため、新幹線と電車を乗り継いでいた。


 母の本音としては、祖父母の家には全く行きたくない。だが、伯母の君子にはだいぶ疲れが溜まっているようで、愚痴も聞いてほしいし、たまには二人の様子も見に来てほしいという電話があったので、それもそうかとしぶしぶ重い腰を上げたのだった。


 そして、そんな母に私は無理を言ってついてきた。母は私を連れて行きたくはなかったけれど、好奇心というか、興味というか……悪趣味と紙一重な気持ちでどうしても、私は現在の祖父母や家の様子を見てみたいのだった。


 昼になって、私たちは祖父母の家へ到着した。


 すっかり忘れていたが、その家の外観が目に入った瞬間、記憶は刺激される。


 決して大きくはない、普通の古い一軒家。だけど、子供の頃にはもっと大きくて立派に見えていたはず。マンションにしか住んだことのない私にとって、二階のある戸建てはそれだけで魅力的だった。


「いらっしゃい、二人とも! あら、みーちゃん! 本当に大きくなって、というか娘さんって感じねぇ」


 玄関で伯母の君子は私たちを迎えてくれる。


「お、お久しぶりです」


 君子に会うのは本当に久しぶりだ。伯母の記憶の中の私はきっと、小さく生意気な子供のままで、止まってしまったのだろう。おおよそ今の大きさになってからも会ったことはあるような気がするけど。それに、娘さんって感じはすでに過ぎ去ったかもしれない年齢だけど……


「しーちゃんも久しぶりねぇ。二人が来てくれて本当に嬉しい! 今ね、じじとばばにお昼を食べさせてたとこなの」


「そうね、久しぶり。お昼? 何を食べてるの?」


 君子は母の静江と私を居間へ通す。


 私の十数年前に記憶していた家の中と、現在はかなり違っていた。


 天井に着くぐらいの大きな食器棚やソファー、低いテーブルなどの家具は無くなっていて、それらがあった場所に、台所の流し台の前にあったはずのテーブルと四脚の椅子は移動していた。


 そして、その流し台の前には、レンタルしている介護用ベッドが二台、並んで置かれている。


 以前はごちゃごちゃと物が多い印象だったが、今はテレビ、テーブルと椅子、流し台の前にベッドが二台とすっきりとしているのだった。


「今日はね、おうどんを煮たのよ」


 君子はお昼を食べさせていると言ったので、口元まで持っていき食べさせているのかと思っていた。ところが実際は、おじいちゃんもおばあちゃんもテーブルの所でちゃんと椅子に座り、自力でスプーンを握って食べている。


「ほら、静江さんだよ! しーちゃんが来てくれたよ」


 君子は二人に呼びかける。おばあちゃんは母静江の顔を見てにっこりするが、おじいちゃんはチラリとも見ずに何も反応しなかった。

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