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「この間、希迫醫院までお見舞いに行ったお客さんですよね? 今日もお見舞いかい?」
運転手はミラー越しに愛想よく言った。
「えっ、あっ、はい……そ、そうなんです」
「やっぱり! じゃあ希迫醫院までっと」
ピッと押して、運転手は車を出した。
また希迫醫院へ行くのか。それに、私はやっぱり、この前も希迫醫院へ行っていたのだ。だとしたら、あのお寿司の思い出はなんなのだろう。今となっては楽しいお寿司の思い出だけが真実であってほしい。今は夢であってくれ。
「おじいさんの調子はどうですか?」
ミラー越しにまた目は合って、運転手はニヤッとねちっこく微笑む。
「えっ、あぁ……おかげさまで、私が思っていたよりも元気そうで……」
前回、祖父を見舞い忘れた私は祖父の様子について全くわからない。ぬるぬると口を突いて出る嘘に自分で嫌になる。
「それならよかったねぇ。まぁ、あの病院はそういう病院だからなぁ」
「そういう病院……」
「そうそう。人生の最後を迎える病院……あら、また俺は余分なことを」
へっへっと運転手は笑った。この会話、すごく覚えがある。
細い山道を登るタクシーはふっと左の道へ入り、さらに傾斜のきつくなったのを登り切ると、広い駐車場に出る。
暗い山の中にぽつりと隔離されたような希迫醫院に、私は再び、たどり着いた。
「俺の父ちゃんや親戚なんかも皆、この病院には世話になってるからなぁ。俺もそのうちな。じゃ、気を付けて」
タクシーを降りて、少し考えてみる。ここまで来てしまったのだから、やはり子沢修睦に会うべきか。彼なら、今までの出来事について何か知っているかもしれないし、なによりも、帰り方を教えてほしい。
タクシーでほぼ所持金は使ってしまった。というか、タクシーの代金分を持っていてよかった。
病院の玄関、五段ほどの階段を上がって大きく息を吐く。覚悟を決め、自動ドアの前に立てば、ウィーンとガラスは開いた。
変わらず中は薄暗い。埃っぽい壁、破れたソファー、人もまばらで誰一人しゃべっていない妙に静かな空間は、前回となんら変わりなかった。
そして、嫌な視線が刺さる。ナースセンター兼受付カウンターの中から、鼻から上だけの顔がこちらを見ている。前に来た時と同じ看護師の中年女性だった。
タクシーの運転手も私のことを覚えていたのだから、彼女も私のことを覚えているかもしれない。
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