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体調でも悪いのだろうか。心配になる。
「……だ、大丈夫ですか?」
「実理……ちゃん」
消え入りそうな細い声だった。老人はよたよたしながら、やっと顔だけ上げる。
「だっ、誰……!?」
知らない人だった。子沢のおじいちゃんが待っていると言われたものだから、そこにいるのは祖父かもしれない、とは思っていた。名前も呼ばれたし。
でも、やっぱり全然違う。この人は誰……
「へ、へへへ……ぶっ、うぶっ……」
笑って、老人は真っ黒な液体を吐き出す。ビチビチ地面に跳ね返る。
「だっ、大丈夫!? はっ!!」
和式便器の穴から人の腕が伸びてくる。筋肉質で屈強な腕はすっと伸びて、吐きながら苦しんでいる老人の首を強くつかんだ。
「ぶっぶぶ……」
空気を吐き出すような変な音を発し、老人はピクピク小刻みに震えていたが、泡を吹いて動かなくなった。首をつかんでいる腕はそのまま穴の中へ帰ろうとする。
引っ張られる老人の頭は穴へ引き込まれ、ゴンと鈍い音が響いた。やっと頭は通ったが、両肩は引っ掛かる。ゴリゴリと嫌な音を出し続ける。やはり、人が落ちるには穴は小さすぎたのだろう。そうではあったけど、老人はゴリゴリ骨を折り、腕や足を変な方向へ向けながら穴の中へ取り込まれて、いってしまった。
あっという間の出来事だった。まるで何事もなかったように、今は静かで暗くて臭いだけのトイレだ。ただそれだけ……
少々考える。今までのことは気のせいだったと、自分の中で無かったことにしよう。動悸は全く治まらないけど、こんなこと、あるはず無いから……
トイレから出ると、やっと深く呼吸した。だが……
「……なんで?」
わけがわからない。辺りを見回すしかない。
「駅……」
ここは、希迫醫院へ行くときの最寄り駅だった。改札を出て、すぐの風景。家の近所の公園にいたはずなのに、どうして……
立ち尽くしていたら、誰かに見られている気がした。意を決し、そちらを向く。そこにはタクシーが一台とまっていた。
運転席から無表情でこちらをうかがっている。前回、自らの意思でこの駅へ来たときに、希迫醫院まで乗ったタクシーの運転手だ。
知っている顔につられるように、タクシーへ近づいていく。後部座席のドアは開けられた。開けられたのでつい、乗り込んでしまった。
「あ、あの……」
乗ってしまってから、どうしたものかと困ってしまう。
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