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 驚き過ぎた私は小さく悲鳴を上げて横へ退き、その人をまじまじと見てしまった。


 その人は頭髪に白いものが混じっていて、小太りで、夏の暑い日なのに紫色の分厚いダウンジャケットを着ている。そのチャックをチャカチャカと上下に素早く動かし続けているのだった。


「二機の飛行機が上と下で十字に通り、花を一輪見つけたら……声をかけられますよ」


 言いながら、男性は目をぎょろぎょろ左右に動かしている。


 私は何も応えず、じりじりと後ずさって、そのまま逃げだした。


 誰かに助けを求めたい気持ちはあるけれど、こちらの様子を気に留める者は店員すらもなく、なんと言ったらいいのかもわからない。私はひき肉のことも忘れ、スーパーから小走りで脱出した。


 冷や汗をかきながら小走りのような早歩きを続け、すっかり疲れてしまった。こっそりふり返ってみるが、おじさんがついてきている様子はない。


 大きくため息をついて、ふと空を見上げた。


「あっ……」


 真っ青な空に飛行機が別の方角から二機、飛んでくる。あれよあれよと上下でクロスし、行き違う。


 下を見れば、濃い緑の街路樹の根元に、ユリの花にも似ているが赤黒い大きな花弁の、見たこともない珍しい花が一輪だけ咲いていた。


 飛行機と花……さっきのチャックチャカチャカおじさんが言ってたやつじゃないか。


 一度止んだはずの冷や汗はまた吹き出してくる。


「ねぇ、おねぇさん、ねぇ、ねぇねぇねぇ」


 低いところから声をかけられ、Tシャツのすそが引っ張られた。


 腰のあたりを見ると、黄色の通学帽と黒いランドセルが目に入り、その声とともに小学校低学年の少年だとわかる。


「おねぇさんって、私? な、なんですか?」


 上からは、少年の黄色い帽子とランドセルしか見えない。


「公園の、あそこのトイレで子沢のおじいちゃんが待っているって」


 やっと少年は上を向き、私の顔を見た。私は息をのみ、固まった。心臓からみぞおちのあたりはひゅんと冷たくなる。


 彼の目は真っ黒で白目が無かった。黒目だけの目と、しっかり目が合う。彼は二イッと嫌に笑った。すると、口元からのぞく歯は全て、真っ黒だった。


 私は動けず見つめ合っていたら、少年は跳ねるように行ってしまう。


「……トイレ……公園の?」


 確かに、私は公園の入り口に立っていた。


 最近、新しくできたばかりの公園で、私はまだ一度も中に入ったことはなかった。


 ベンチと小さな遊具が二つ三つあるばかりで、ここから遠くない奥にトイレらしき建物が見える。

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