17 頁


 いつにも増して怒鳴る声は大きく、傍から見れば完全にケンカだ。私もオカルト番組を一時停止する。


「何? 何かあったの?」


「私が電話かけたって出ないくせに、適当に電話してきたと思ったら“ばばがね、みーちゃんとお話したいって言うから、変わってー”って、ヘラヘラしながら言うもんだから頭きちゃう! 実理と話したいわけないじゃない! あー、頭痛い! また血圧上がってるよ」


 ソファーに戻って手首に巻くタイプの血圧計を左手首に巻き、母はその手首を心臓のあたりに添えた。


 ピーピッピッピッピッ……と機械は鳴ってヴィーンと動き出す。


 私は最近まで、母と伯母は性格が合わないから仲が悪く、それで、いつもこうやってケンカのような言い合いになっているとばかり思っていた。


 ところが、原因はそれだけではないようで電話がある度に、母が私にする話を聞いて、だんだんわかってきたのだが、伯母は伯母で、もともと人をイラつかせてしまう素質があるらしい。


 言葉など表現が変わっているところがあるようで、例えば、相手が嫌味を言ったとしても気付けなかったり、自分が言ったことで相手がイラついていてもそれに気付けなかったりする。


 なので、母が怒っていたとしても、それに気付いていなかったり、気付いたとしても、どうして怒っているのかわからなかったりするようだ。また、母が皮肉や嫌みを言ったとしても、良いように受け取って喜んでいたりもする。


 そのせいで、祖父母の家のご近所さんやケアマネージャーさんと上手に意思疎通がはかれないこともあるらしい。


 ただでさえ伯母からの電話というだけで憂鬱なところに、さらに聞きたくはない祖母の話題なのだから、絶対にヘラヘラ話してはいけないだろうに。


「やばい、上が180もあるよ。はぁー、下も高い」


 母はソファーに背をあずけ、目を閉じた。


「おばあちゃんが私と話したいって? そんなことある? 私のことなんて、覚えているとは思えないけど」


「そうだよ。私は昔からできるだけ、実理の話をばばにしたことないのに。そんな、何を思い出すっていうのよ……はぁ……」


 私の祖母、子沢トシも九十を越え、祖父の勇次と同じく認知症を患って久しい。祖父は耳が遠い上に人と話すのが好きでなく物静かだが、祖母は逆に耳もはっきりしていておしゃべり好きだった。


 それもあって、祖父が認知症だというのはだいぶ進行してからわかったのだが、祖母の認知症はわりと早い段階で認められていた。


 そうではあったが、祖母は時々しゃんとする瞬間があるそうだ。




 ターラーラーラー……チャラチャララーラー……!!




「もう! またかけてきたの!?」


 母は受話器を取る。


「あぁ!? もしもし……知らないよ!!」


 思い切り投げつけるように切ると、母はこわばる顔をこちらへ向けた。


「ばばが、自分でかけてきたよ……みーちゃんはぁ? って……」


「えっ!? おばあちゃんが自分で!?」


「あぁ、怖い! 最近は自力で電話はかけられないと思ってたけど……あっ、もしかして、おばちゃんがかけてやったのか! はぁ……」


 祖父母らはもう自らかけることはないけれど、家には固定電話がまだ引いてある。伯母が普段、電話をかけてくるときは伯母の携帯電話からなのだが、今かかってきた番号はその固定電話のものだった。


 きっと伯母の君子が祖母の隣で番号を押し、電話をかけさせたのだろう。


「なんでそういうことをするのか……ばばだって本当に実理と話したいのかわからないよ、君子さんに言わされてるのかもしれないし。どうしてそういうことをするんだろうねぇ」


 母はまたソファーに戻ると天井を仰ぎ、そして目をつむった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る