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急いで病室を出るとエレベーターに飛び乗る。なかなか動き出さないので慌てるが、カードキーを思い出し、ボタンの下にかざす。ピッとなって、やっと動き出した。
希迫醫院を出てバス停を探すと、意外にもバスはあと五分ほどで来るらしい。ふぅと一息ついたら、スマートフォンがブーブー鳴った。
「もしもし? 母さん?」
“実理、今どこにいるの?”
「あぁ、ちょうどバスに乗るところだよ、病院の前から……」
“そうなの? 実はさっき、おばちゃんから電話があってね。後期高齢者の書類の名前ね、あれ、市役所が間違えたんだって。それで、もうおばちゃんの名前に直したってよ”
もしかして、これは修睦が言っていた、個人が少し変えてしまった現実はすぐに元に戻る、ということだったりするのか。まぁただの、市役所の手違いなんだろうけども。
「そうなんだ、よかったね……あっ、バス来たから、切るね」
そうして乗ったバスの中で、私は祖父を見舞っていなかったことを思い出した。なんて薄情なんだと自分にがっかりするが、おじいちゃんの部屋のカードキーを貸してもらえなかったのだから、どうせ病室には入れなかったのだと思い直すと、いくらか気は楽になった。
私の他に、ぽつぽつと座る学生さんが三人だけ乗ったバスは、細い山道を走る。窓の外は、夕方になりさらに暗さを増した湿っぽい景色で、それを眺める私は、病院で知香に会ったところから今までを、ぼんやり思い返すのだった。
今日も昼過ぎに起きてきた私は、母がスーパーで買い置きしていた百円のクッキーを片手に、薄い上に、さらに氷ですっかり薄まってしまったブラックコーヒーを優雅にすすっていた。
テレビには昨日、録画しておいたケーブルテレビのオカルト番組を流している。それに興味のない母は、こちらとは反対を向いたソファーに座り、もう一台のテレビで韓流ドラマを真剣に見ているのだった。
私の見ているこの番組は、だいたい二週に一度のペースで新しい内容のものが放送される。気付いて見始めてから、いつも何かしら人類が滅亡するかもしれない、らしい話が入っている。
もし、と思う。修睦の話が本当なら、私は再び私として生まれ、知らないうちに音を出し続け、今この瞬間と同じようにテレビを見、薄まったコーヒーを飲みながら全く同じ事を考えるのだろうか。それどころかこの瞬間をもう何度も何度も繰り返しているのだろうか。それだったら、人類は滅亡しないとも言えるかな。
いや、待てよ……今現在、体調不良や境遇等なんらかで苦しんでいる人々は永遠に繰り返すというのか。それに幸せな奴がずっと幸せなんて許したくない。たまには不幸になってくれ。めちゃくちゃに性格の悪い奴、卑怯な奴なんかは天誅とかあってくれよ。それに、この先私の身に、物凄い不幸とか大病とか悲しい出来事なんかがあったとして、それも何度も何度も繰り返すのか。私の未来はもう決まっているの? 私の未来は、過去にすでに経験済みで、これから未来を再び経験するの?
納得できない。いや、納得したくない! どうしてあの時すぐに思い至らなかったのだろう! 反論じゃないけど、彼にはそこのところを詳しく説明してもらいたい。
ターラーラーラー……チャラチャララーラー……!!
「はい、はい、はい……」
軽快なメロディーで呼ばれた母はドラマを一時停止すると、受話器を取った。
「あぁ、もしもし? どうしたの?」
この不機嫌な対応、相手は伯母に違いない。
「はっ? ばばが? そんなわけないでしょ? もう私のことでさえ覚えているか怪しいのに? うーそー!! 絶対、嫌だからね! 切るよ!!!」
ガチャンと投げつけ、電話は終わった。
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