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「だから、僕個人の力で大きく現実を変え、留め置くことはできないんだよ。ただ、この仕組みを知ったから、少しだけ変えることができたんだ」


「……あの、私がこの病院へ来たのは、修睦さんが現実を少し変えたから、ということですか? だとしたら、どうしてそんなことを?」


 今は現実ではないのだろうか。今が現実でないのなら、今は何? 私をここへ来させて何があるっていうの?


「うーん……これは、僕自身の意思のようで、違う力も働いている気がするんだ。もしかしたら、ただ君とおしゃべりしたかっただけなのかもしれないし……つまり、どうしてなのか僕にもわからない」


「なんですか、それ……」


 長々とオチのない話を聞かされたのか。拍子抜けする私はフフッと肩で笑った。つられたように彼も小さく笑う。


「ついでに言うとね、地球はもともと平面だったんだよ」


「あっ、それなら聞いたことある……確か、歴史の教科書で見たような。海の端、果てまで行ったら落っこちる感じの、ですよね? 今でもその説を支持する人がけっこう多いっていう」


 地球平面説、やっと少しでも知っている話題だろうか。


「下敷きを思い出してみて。ほら、あのノートの下に敷く、プラスチックの板。あれを無理やりキュッキュに丸めて両端を縫うんだ。今の地球はそうやって筒状になっている。


 だけど、さっきのオルゴールの話とは無関係だよ。オルゴールが例の話はまた別次元の話であって、今の地球が筒状っていうのは、あくまで僕らの現実レベル、物質の次元でキュッキュの筒状になっているということだ」


「へっ? 今現在の地球は平面だったものを縫い合わせて、球体ではなく筒になっている? 誰か縫ったんですか?」


 全然知らない話だった。クラクラするタイプの頭痛は始まり、私の眉間に力が入る。


「そう! 何者かが地球を縫い合わせてしまったんだ! そのために、地球の上と下は円く穴があいている。北極や南極に大きく穴があいていても、誰も気付かないだろう? 


 実際にそこへ行っている人らが口外しなければ、現地を見たことない人々は一生知り得ないし、まして穴のことなんて、意識することさえできないだろう。だから、地球は球体だってことにされてしまえば、大概の人は気付けない。地球は球体だと信じる他はないんだよ」


「へぇ……球体が前提とされてしまえば、まぁ……それまで、ですもんね」


 この男は、実際に北極や南極まで行って穴を見たことはあるのだろうか。平面と球体だったら、どっちがいいのだろう……今の私にとっては、もはやどっちでもいいような気がするけど。


「フフフ、はあーあっ……今日はこのくらいにしよう。また縁があれば会えるからね」


 彼は満足げに大きく伸びをした。


「そうですね……えっ、もうこんな時間!? どうも、おじゃましました!」


 腕時計は夕方の四時を指していた。ずっと外は曇っていたので、日の傾きもわからなかった。

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