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古い病院だった。雨の筋が黒く染みついた壁や、希迫醫院と書かれた看板の、最近ではないデザインとその汚れ具合に、私は圧倒され、入るのを拒まれているような気さえする。
恐る恐る、建物の玄関前まで来た。五段くらいある階段を上ろうとしたら、まるですぐ後ろで弾けたように、パーンと雷は鳴った。
「ひゃぁあっ!!!」
なんとも情けない声を上げ階段を上り切れば、勢いで前につんのめって、心の準備もできぬまま自動ドアを開けてしまった。ザーッという音でふり向く。
案の定、大粒の雨は強く降りだしている。もう後に引くことはできない。
思い切って中に入る。節電でもしているのか、照明は妙に暗い。それだけでなく、くすんで真っ白でない壁、綿が出てしまっているソファーなど全てのものが、この病院をひたすら暗く印象づける。
それに、患者や見舞う人もまばらで、大きな病院のわりに、ロビーに人はほとんどいない。
立ち止まっていたら、刺さるような視線を感じた。
そちらを見ると、タクシー運転手が教えてくれた、ナースセンター兼受付のカウンターはあった。
カウンターの中に、中年の看護師らしき女性が座っている。カウンターの高さは絶妙で、鼻から上だけ見える顔が、こちらの様子をうかがっていた。威嚇するようにこちらを見続け、目が合っても決してその表情は変わらない。
目をそらせば負けてしまうような気がする。ひそめた眉を一層ひそめる私は、その看護師から目を離さぬようにしてつかつかと歩み寄った。
そしてなるべく、はきはき言うことを心がける。
「すみません。私の祖父、子沢勇次と子沢修睦さんのお見舞いに来たのですが」
「あぁ。では、こちらの用紙に今日の日付と、お名前を書いてください。それと、招待状はもちろん、お持ちですよね?」
看護師は口の右端だけ上げて二ッと笑う。
私は動揺する。だって、お見舞いに招待状が必要だなんて、今まで聞いたことはない。
「……招待状?」
「子沢勇次さんも子沢修睦さんも、この病院の九階のお部屋で休まれています。九階は全て個室になっていて、エレベーターで九階へ行くには、カードキーが必要になるんですよ。
乗るときと降りるとき、ともにカードキーをピッとしないといけないの。それで、そのカードキーを貸し出すのに、患者さんが許可したということでね、招待状がいるっていう、そういう規則になっているんですよ」
フフッと今度は鼻で笑われた。
「そんな! おじいちゃんがそんな、高級な個室に? 何かの間違いじゃないですか!? それに、九十半ばの認知症で、脳梗塞になって入院しているおじいちゃんですよ! 招待状なんて書けるわけがないでしょ!?」
「そう言われてもねぇ、規則ですから。しかも、あなただって本当にお孫さんかどうか、失礼ですけど、わからないじゃないですか? 九階はねぇ、なかなか入れないのよ。看護師の私だって、自由には出入りできないんだから」
せっかくここまで来たというのに、なんという仕打ちだろう。おじいちゃんの孫であるかまで疑われるなんて、悔しすぎる……!!
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