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運転手は急に笑顔をつくって、意外にも愛想よく尋ねる。
「おねえさん、どこまで行くの?」
「あっ、あの、希迫醫院まで行きたいのですが……ここからはだいぶ、遠いんですかね?」
とまどう私の声は自分でわかるくらいにうわずった。
「あぁ、希迫醫院ね。車だったら十分くらいだよ。バス、まだしばらく来ないでしょ? 乗ってくかい?」
「十分か……お願いしようかな……」
私の返事を最後まで聞かないで、運転手は後部座席のドアを開けていた。
「ど、どうも……」
仕方ないので、もたつきながら乗車する。シートベルトでさらにもたつく。
「大丈夫? ドア、閉めますね」
バタッと閉まると、静かにタクシーは走り出した。
「どなたかのお見舞いですか? 大変だねぇ。遠くから来たんでしょう?」
バックミラー越しにこちらを見る運転手はニヤついている。
「えぇ、まぁ……そうなんです。九十も半ばになるおじいちゃんが最近、入院して……私はあまり会ってなかったんですけど、もうたぶん、長くはないと思うので……」
「ああ、そう。まぁ、ねぇ。あそこの病院はねぇ。そういうところだからねぇ」
えっと私もミラーを見れば、ニヤニヤする運転手とまた、がっつり目は合ってしまった。
「あの、そういうところっていうのは……?」
「うん、まぁ人生の最後かなぁっていう人の病院なんだよな。回復の見込みが薄いっていうか、入ったら退院はないってな。あっ、ごめんなさいね。俺はいつも余分なことを言っちまうからなぁ。母ちゃんにも毎日、怒られてんですよ」
悪いことを言ったとはつゆとも思っていない様子で、彼はへへへっと楽しげに笑う。
「へぇ……そういう病院なんですか……」
それならば子沢修睦も、もしかしたら重い病を患い、余命は長くないのだろうか。
だとしたら余計に、祖父の後期高齢者の書類に自らの名前を載せたり、母や伯母のところへ変な手紙を送りつけてくることに、何の意図があるのだろう。そんな労力を使って、何の意味があるのか。
会話も途切れ、静かになったタクシーは、かろうじて二車線である細い山道を登っていた。左側に、急に現れたさらに細い道へ入ると、もっと傾斜のきついその道をフンッと登る。
「はい、着きますよ」
登り切ると、広い駐車場に出た。暗い山の中で、ぽつりと残されてしまったような、それとも隔離されたような場所で、なかなか大きな病院だった。
「一階に、ナースセンターと受付がつながったような所があるから、そこで聞いてみるといいよ」
言いながら、運転手は釣銭をくれる。
「ありがとうございました」
「うん、俺の父ちゃんや親戚なんかも皆、この病院には世話になってるからなぁ。俺もそのうちな。じゃ、気を付けて」
もう一度お礼を言って、私はタクシーを降りた。
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